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集団行動マラソン
集団行動マラソンの大会が開催された。
言葉通り、チーム全員の歩幅を合わせ、チーム全員のペースを合わせ、集団行動をしながら、チーム全員でゴールするマラソンだ。
あるサークルが出場し、スタート前に部長が張り切って声を上げた。
「よーし、絶対全員でゴールするからな! みんな協力して行こう!」
「おおー!」
サークルのメンバーは総勢二十人。全員で掛け声を上げて、集団行動マラソンが始まった。
集団行動マラソンは、まず三人ずつ横並びになって、隊列を作るところから始まる。列の先頭には部長が、最後尾には副部長がいて隊列を管理する。
「おいそこの一年! 三センチ左にずれてるぞ!」
「はい!」
一年生は、副部長から指示に従って三センチ右に足をずらす。この数センチが、一糸乱れぬ集団行動マラソンのキモなのだ。
「よし、隊列も整ったし、歩幅とペースを決めよう」
集団行動マラソンに必要なのは、全員が一緒にゴール出来るだけの歩幅で、無理のないペースで進むことだ。
全員の身長と足の長さのデータを見て、部長は一番背の低い人に合わせて歩幅を決めた。
「これで全員が歩きやすくなったな。ペースはどうだ。去年と同じくらいで試しに走ってみるか」
そう言って部長が走り出す。後をついて二十メートルほど走った。
部長のペースは思いのほか早くて、一年生はすぐに息が切れてしまった。
二年の先輩が、その様子を見て部長に進言する。
「部長、これだと初めての一年はついてこれませんよ。なあ、一年」
一年の一人が答える。
「部長、今のペースだと体力が持ちません……」
部長は大きく頷いた。
「よし、ペースはもっと落とそう」
「すみません、部長」
「俺たちが不甲斐ないばっかりに」
「俺たちのせいでペースを変えてしまって」
一年生が口々に謝罪した。
しかし、上級生には、一人も一年生を責めたり、腹を立てる者はいなかった。
「仕方がないよ、初めてだろ」
「俺たちも一年のときはそうだったもんな」
「お前たちのペースに合わせるから気にするな」
上級生たちは、一年生の肩を叩いて励ました。
部長は満足そうに頷いて、部員全員にこう言った。
「集団行動マラソンは、協力が大事な競技なんだ。みんな今みたいに、話し合って、チームのために行動しないといけないんだ。この調子で、頑張っていこう!」
「おおー!」
部員たちは気合を入れ直し、ゴールに向けて走り出した。
しばらく走ると、部員の一人が声を上げた。
「すみません、部長。足が限界で……」
「よし、みんな、少しペースを落とすぞ」
部員たちは、声を揃えて返事をする。
「はい!」
また別の部員が手を挙げた。
「すみません、部長。喉が乾いて……」
「よし、全員、給水所に寄るぞ」
部員たちは、声を揃えて返事をした。
「はい!」
またある部員がつまづいて言った。
「すみません、部長。靴ひもがほどけて……」
「よし、全員、靴ひもを結び直せ!」
部員全員、返事をする。
「はい!」
そうして、一行は順調にゴールに向かっていた。
やっとゴールの競技場が見えた。
ゴールまで残り五〇〇メートル。ラストスパートにさしかかったところで、部長が胸を押さえて地面へ倒れこんだ。
「うっ、胸が……」
部員たちは隊列を崩さず、立ち止まった。そして口々に部長へ声をかける。
「どうしたんですか、部長!?」
「大丈夫ですか、部長!?」
「胸が痛むんですか、部長!?」
そこへ、倒れた部長を心配した通行人がやってきた。
「誰か、救急車は呼んだのか?」
部員たちは顔を見合わせた。
「呼んでないよ、集団行動マラソンだから」
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