春のユキ

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 春佳は、看護師の仕事を忙しくこなしていた。  何かをしていれば、雪之介のことを考えずに済んだから。  昼休み、中庭に出る。もう桜は散り始めていた。桜の命は短い。  桜の花びらが散る中、冷たいものが春佳の頬に触れた。それは雪だった。  気温が下がると言っていたが、まさか雪がちらつくとは思わなかった。 「……ユキ」  不意に、春佳は愛おしい彼の名を口にした。  その途端に涙が止まらなくなり、崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。  胸がキュウッと締め付けられ、苦しくて息ができない。  看護師なのに、雪之介に何もしてあげられなかった。  もっと彼といろんな話をすれば良かったのだろうか。  無力の自分が嫌になる。  このまま看護師を続ける意味はあるのか。  気を抜けば、そんな疑問さえ浮かんでしまう。 「ユキ……ユキ……」  その日春佳は、雪之介が亡くなってから初めて泣いたのだ。 『やっぱり看護師さんは、笑顔の方がいいよ。オレたち患者にとっては元気になる』  ときおり思い出す。雪之介が言った言葉を。  顔を上げれば、桃色の花びらと真っ白な雪が舞い散る光景がとてもきれいだった。  春に降った季節外れの雪が、まるで春佳と一緒に桜を見たいと言った雪之介のように感じられた。  そんなわけはないのに、雪之介が春佳を暖かく包み込むような気がしたのだ。    この桜を雪之介に見せたかった。  その願いは叶わない。  やっぱり私は桜が嫌いだよ――。  だけど。  雪の降る桜は少しだけ好きになった。
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