春のユキ

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 看護師になって半年が経った頃だった。   「もう辞めたい……」    思わず春佳(はるか)は、廊下でうずくまる。  覚えることはたくさんで、ミスは許されない、目まぐるしい毎日。  憧れの看護師にやっと慣れたのに、泣き言を言ってしまうなんて。  治療に携わる中で、多くの苦悩や迷いを感じていた。  患者様から言われる「ありがとう」に救われているところはあったが、さすがにこの日は本気で辞めようかと思った。  度重なるミスに続き、患者様からの罵倒、先輩たちも忙しさのあまり余裕がないためフォローが行き届かず、医師にも怒鳴られ落ち込む。  患者のために全力を尽くす日々だが、人手不足で常に残業が当たり前。寝不足が続き、ストレスで身体はボロボロ。  憧れているのと向いているのでは違う。  このまま続けて、もっと重大なミスをしてしまったら、怖くて何もできなくなってしまう。   「うっ……」    うずくまりながら泣きそうになるのを必死で堪えていたら、声をかけられた。   「大丈夫ですか?」    はっとして、声の主の方を振り向けば、そこには心配そうな顔をした男性が立っていた。   「どこか具合いが悪いんじゃ……」    優しく介抱するかのように近づいてくるその人は、入院着を着ているので、患者なのがわかった。  看護師が患者に心配されてどうする。    ――大丈夫です。    そう、笑顔で応えようと思ったのに、その患者の前でぼたぼたと涙が溢れてしまったのだ。  それを見た男性は慌てる。   「え? せんせい、先生を呼んだ方が……」    具合が悪いと勘違いしたのか、医者を呼ぼうとする。  春佳は咄嗟に男性の腕を掴んだ。   「だいじょーぶ、です」    泣きながらガラガラ声を出すから、彼は若干引いていたような気がした。
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