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「おっ、こいつも列から離れていくぞ」
しゃがみ込み、好奇心に満ちた声を出すA男に、B男が話しかけた。
「おいA男、一体何してんだ?」
「あっ、B男先輩。見てくださいよ、これ」
促されてB男は身を乗り出す。A男の視線の先にあったのは、茶色い地面の上を進む黒い点々、不揃いなアリの行列だった。
「僕、ずっと眺めてたから分かったんです。こいつら真面目に働いてるのかと思ったら、九割ぐらいがサボってやがるんですよ。ほんと、いい加減なやつらですよね」
A男はキャップ帽子のツバを上げ、だらしなくにやける。
「しかも大事なたまごを放ったらかしにして、一体どういう神経してるんですかね?」
「お前……」
『サボってんのは自分の方だろ!』
と言いかけて、B男は口をつぐんだ。A男が着るブラウスの背面に描かれた、
『誠心誠意がモットー! 引越し屋アリンコ』というロゴマークを睨みつけ、一瞬こめかみを引きつかせるも、B男は堪えた。
――だめだ、耐えろ俺。今の若手に叱責し過ぎると、ろくなことがないぞ。
B男はぎこちない笑顔を浮かべると、穏やかな口調でA男に語りかけた。
「アリの生態にも詳しいんだなんて、すごいじゃないか、A男!」
「いやぁ、それほどでもないっすよ」
B男はまんざらでもない様子で、鼻の下をこする。
「知ってますか? いわゆる働きアリの軍隊はメスだけで構成されてて、残りのサボってる連中は皆オスなんですって」
「へぇ〜、それは知らなかったなぁ」
B男は腕を組んで頷いてから、
――って、感心してる場合かっ!
と、内心自分自身にツッコミを入れた。
「なぁ、A男。生物観察に熱心なところ悪いんだが、そろそろ引越し作業に戻らないか? このあとまだ、三件も控えてるんだし」
言葉を選びながら話すB男に、
「僕は知りません。荷物はB男先輩一人で運んで下さい」
と、A男は言い切った。舐めきった態度を前に、さすがのB男も我慢の限界だった。
「人が下手に出てればいい気になりやがって……ふざけんな!」
B男は我を忘れてツバを飛ばす。
「いいか! お前は未来ある新人、つまりは貴重な金のたまごなんだ! 自分の将来のために、殻を破って成長してだな……」
「だからっすよ!」
B男の説教は、A男の大声によって遮られた。
「ど、どういう意味だ?」
A男は確信に満ちた瞳で、戸惑うB男を見据えた。
「たまごなんだから自分の殻に閉じこもって、何事も他人に運んでもらう方が楽じゃないっすか」
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