13人が本棚に入れています
本棚に追加
音を上げたのはA子だった。
「もう無理! こんな泥臭い仕事、これ以上やってらんない!」
A子は持っていったものを地べたに放り投げ、座り込んだ。
「ちょっとA子、何してるのよ?」
後ろを歩いていたB子が立ち止まる。
「B子先輩、私、クタクタでもう一歩も歩けないですぅ」
語尾を間延びさせるA子に、B子は内心苛立ち、
「何言ってんの、後ろ詰まってんだから」
『サボらないで、キビキビ動きなさい!』
という言葉は飲み込んだ。
――私としたことが危なかったわ。今時の子に、厳しくするのはNGなのよね……。
B子は深呼吸した。気持ちを落ち着けてから、鼻に掛かるような声をA子に向ける。
「そうよねぇ、A子ちゃん頑張ってるもんねぇ」
B子の励ましに、A子は顔を上げた。
「ですよね!? 私、頑張ってますよね?」
――よし、この調子ね。
内心ガッツポーズをしたあと、B子は柔らかな物腰を維持する。
「うんうん、その通り! だからね、A子ちゃんにはそのままもっと、キラキラに輝いて欲しいなぁ」
B子の希望に満ち溢れた目に、A子は怪訝な顔をする。
「どういう意味ですか……?」
「つまりね、A子ちゃんがもっとたくさんのものを運べば、きっとあの御方が認めて下さると思うのよ!」
さながらミュージカル女優のたまごといった感じで、B子は歌うように声を響かせる。
「そうすればA子ちゃん〜あなたがあの御方のお付きに、いや、あの御方の代わりにだってなれるはずよ〜」
「なりたくありません」
にべもないA子の返事に、伸び上がっていたB子の体と気持ちが急降下した。
「何でぇ? 出世すればあなただってモテモテ! イケメン達に囲まれたハーレム生活を送れるかもしれないのに……」
「でも、今私達が運ばされてるこれって、そのイケメン達とあの御方との……なんですよね?」
「えっ!? いや、それは」
A子の質問に、B子は歯切れが悪くなる。
「や、やだぁ〜A子ちゃんってば、根も葉もない噂話のこと、信じてるの〜?」
「しかもその噂話によると、この丸いやつ、イケメン達とあの御方が一緒になって生み出した愛の結晶だって、聞いてますけど?」
先ほど自分が地面に投げ出した白いものを見下し、A子は吐き捨てるように言った。
「あの御方、いや、あんなクソメスなんかのために汗水たらして頑張ってたと思うと、だんだん腹が立ってきました」
「ちょっとA子、あなたいいかげんに」
B子が語気を強め出した、その時だった。
「そうだそうだ!」
「そのA子ちゃんって子の言う通りだ!」
「真面目に働くだけムダムダ〜」
突然飛び交ったヤジに、B子は目を丸めた。A子とB子のそばに、いやらしい笑みを浮かべる男達が近づいてきた。
「へい! いかした彼女〜、くだらない仕事なんかやめて、俺達と遊びに行こうぜ〜」
男達の中で一番肌を黒光りさせ、がっしりした体躯の持ち主が、A子を誘惑する。
「えー、私? どうしよう? 行っちゃおうかなー?」
頬を赤く染めるA子に、B子は声を荒げた。
「A子! こんなチャラついたやつらの言うことに耳を貸しちゃだめっ!」
「そんなつれないこと言わないでさぁ」
「B子ちゃんだっけ? 君も一緒に行こうよぅ」
男達はB子にもまとわりつき始める。
「嫌よ! 行くわけないでしょ!」
「私は行きます」
A子の言葉に、B子は目を見開いた。男達が歓喜に沸く。
「ちょっと、A子ちゃん!? 仕事はどうするのよ!」
「B子先輩、考えてもみてくださいよ」
男達の輪に加わる直前、A子は真顔でB子を一瞥した。
「実際にサボってる存在が多いこの世界で、真面目に働くなんてバカらしくないですか?」
言葉を失うB子を残し、A子はバカ騒ぎする男達と共に姿を消した。B子は振り返る。保たれていたはずの行列は崩れ、小さな影達がまばらに右往左往していた。
「これが現実なのね……」
B子は空いた口が塞がらなかった。足元から何かがひしゃげる音が聞こえた。B子は顔を俯ける。
「落としちゃった……まっ、別に良いか」
B子は深くため息をついた。
「何だか今の世代って、繊細な子が多いような気がするわ……まるで、このたまごみたいね」
※
最初のコメントを投稿しよう!