たまご世代

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 音を上げたのはA子だった。 「もう無理! こんな泥臭い仕事、これ以上やってらんない!」  A子は持っていったものを地べたに放り投げ、座り込んだ。 「ちょっとA子、何してるのよ?」  後ろを歩いていたB子が立ち止まる。 「B子先輩、私、クタクタでもう一歩も歩けないですぅ」  語尾を間延びさせるA子に、B子は内心苛立ち、 「何言ってんの、後ろ詰まってんだから」 『サボらないで、キビキビ動きなさい!』  という言葉は飲み込んだ。 ――私としたことが危なかったわ。今時の子に、厳しくするのはNGなのよね……。  B子は深呼吸した。気持ちを落ち着けてから、鼻に掛かるような声をA子に向ける。 「そうよねぇ、A子ちゃん頑張ってるもんねぇ」  B子の励ましに、A子は顔を上げた。 「ですよね!? 私、頑張ってますよね?」 ――よし、この調子ね。  内心ガッツポーズをしたあと、B子は柔らかな物腰を維持する。 「うんうん、その通り! だからね、A子ちゃんにはそのままもっと、キラキラに輝いて欲しいなぁ」  B子の希望に満ち溢れた目に、A子は怪訝な顔をする。 「どういう意味ですか……?」 「つまりね、A子ちゃんがもっとたくさんのものを運べば、きっとあの御方が認めて下さると思うのよ!」  さながらミュージカル女優のたまごといった感じで、B子は歌うように声を響かせる。 「そうすればA子ちゃん〜あなたがあの御方のお付きに、いや、あの御方の代わりにだってなれるはずよ〜」 「なりたくありません」  にべもないA子の返事に、伸び上がっていたB子の体と気持ちが急降下した。 「何でぇ? 出世すればあなただってモテモテ! イケメン達に囲まれたハーレム生活を送れるかもしれないのに……」 「でも、今私達が運ばされてるこれって、そのイケメン達とあの御方との……なんですよね?」 「えっ!? いや、それは」  A子の質問に、B子は歯切れが悪くなる。 「や、やだぁ〜A子ちゃんってば、根も葉もない噂話のこと、信じてるの〜?」 「しかもその噂話によると、この丸いやつ、イケメン達とあの御方が一緒になって生み出した愛の結晶だって、聞いてますけど?」  先ほど自分が地面に投げ出した白いものを見下し、A子は吐き捨てるように言った。 「あの御方、いや、あんなクソメスなんかのために汗水たらして頑張ってたと思うと、だんだん腹が立ってきました」 「ちょっとA子、あなたいいかげんに」  B子が語気を強め出した、その時だった。 「そうだそうだ!」 「そのA子ちゃんって子の言う通りだ!」 「真面目に働くだけムダムダ〜」  突然飛び交ったヤジに、B子は目を丸めた。A子とB子のそばに、いやらしい笑みを浮かべる男達が近づいてきた。 「へい! いかした彼女〜、くだらない仕事なんかやめて、俺達と遊びに行こうぜ〜」  男達の中で一番肌を黒光りさせ、がっしりした体躯の持ち主が、A子を誘惑する。 「えー、私? どうしよう? 行っちゃおうかなー?」  頬を赤く染めるA子に、B子は声を荒げた。 「A子! こんなチャラついたやつらの言うことに耳を貸しちゃだめっ!」 「そんなつれないこと言わないでさぁ」 「B子ちゃんだっけ? 君も一緒に行こうよぅ」  男達はB子にもまとわりつき始める。 「嫌よ! 行くわけないでしょ!」 「私は行きます」  A子の言葉に、B子は目を見開いた。男達が歓喜に沸く。 「ちょっと、A子ちゃん!? 仕事はどうするのよ!」 「B子先輩、考えてもみてくださいよ」  男達の輪に加わる直前、A子は真顔でB子を一瞥した。 「実際にサボってる存在が多いこの世界で、真面目に働くなんてバカらしくないですか?」  言葉を失うB子を残し、A子はバカ騒ぎする男達と共に姿を消した。B子は振り返る。保たれていたはずの行列は崩れ、小さな影達がまばらに右往左往していた。 「これが現実なのね……」  B子は空いた口が塞がらなかった。足元から何かがひしゃげる音が聞こえた。B子は顔を俯ける。 「落としちゃった……まっ、別に良いか」  B子は深くため息をついた。 「何だか今の世代って、繊細な子が多いような気がするわ……まるで、このたまごみたいね」 ※    
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