ワンダーウォール

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ワンダーウォール

 奈緒と響が卒業した数日後、響のバンド仲間たちと共に白馬のスキー場に来ていた。  以前もバンドライブに出演していたセリナの彼氏が、リゾートホテルの管理会社に勤めており、招待してくれたようだ。  また、いつもライブの時にお世話になっている弦への恩返しのような感じで、若手のバンドも含めて参加者たちが積み立てをして、今回の旅行が実現したのだ。  参加人数も多く、30名以上はいるように思える。バンドマンらしく賑やかな旅行になりそうだ。  「バスの中もうるさかったよね。澤村、大丈夫だった? 引いてない?」  「大丈夫だよ。私たちのクラスもあれぐらい賑やかだったじゃない。逆に静かな方が怖いよ」  夜中に出発して、朝に到着した一行。スキー場の営業時間になってから、それぞれ行動し始める。午後三時のホテルのチェックインの時間までは自由行動だということらしい。  響は奈緒のウエアとボード一式をレンタルして、更衣室で一緒に着替えた。  「私も春スキーは初めてなんだけど、そんなに厚着しなくていいらしいよね。あ、ブーツはしっかり紐を引っ張って履いた方がいいよ」  ニット帽とネックウォーマーは、響が余分に持って来たものを奈緒に貸した。  着替えを済ませた二人は、ボードを持ってゲレンデに出た。 ###  ひーちゃん、めちゃくちゃかっこいいんだけど。何度かスノボをやったことがあるとか言ってたけど、もう自分のボード持ってるし。赤と黒のウエアも似合ってるしさ。私はもうゲレンデマジックにかかってるのか、ドキドキが止まらないんだけど。しかも、これから私はひーちゃんにスノボを教えてもらうんだから。  ボードを持って、なだらかな山の斜面を登る。ここは初心者コースみたいだね。横幅も広くて綺麗に整備されてる。  ある程度のところまで登ったら、斜面を背にして座るように言われた。ボードの付け方を教えてくれた。よく考えたら、一枚の板に両足を固定するって怖くない? 私出来るかな。  そして、教わった通りに足をガチガチに固めた。  「澤村、その体勢で立てる? ちょっと立ってみようか。重心を後ろにして、斜面を背にして椅子に座るみたいな感じで」  私は恐る恐る体を起こした。ひーちゃんの言う通りにしたら、案外すんなり立てた。  「そしたら、そのまままっすぐ滑ってみようか。爪先を前に倒す感じで……そうそう。かかとに体重乗せたら止まるから。止まらない時は斜面を背に尻もちついて転べば大丈夫」  言われるがままに私は前に前にずるずると滑ってるんだけど……ちょっと待って。私と向き合って私の前にいるひーちゃん……後ろ向きで滑ってるじゃん。当たり前だけど。私の手を取って一緒に滑ってくれてる。  「オッケー。じゃあ、今度は前を向いたまま左右に滑っていこう。『木の葉落とし』っていうんだけど、葉っぱが落ちるように滑るんだ」  ひーちゃんは、くるっと方向転換して私と同じ向きに立ち、スイスイと滑ってお手本を見せてくれた。そしたらまた方向転換したと思ったら、そのままピョンピョン斜面を飛んで戻ってきた。  「ひーちゃん、すごい体力あるね」  「寒くないから意外と動けるね。じゃ、澤村、やってみよう」  滑る方向を向いて重心をずらすと、自然にそっちの方向に進む。ひーちゃんはさっきみたいに後ろ向きで一緒に滑ってくれた。そうかと思ったら、かっこいいターンをして向きを変え、今度はスピード出してみようと言い出した。  「やだよ、怖いよ」  「ゆっくり滑る方が案外大変かも。澤村はスムーズにここまで出来たから、大丈夫じゃない?」  このまま下まで降りようと、ひーちゃんは私に教えてくれた『木の葉落とし』で滑って行ってしまった。  置いていかれた私は、仕方ないから一人で降りるしかないよね。ひーちゃんのツンデレっていうか、飴と鞭っていうか、差が激し過ぎて付いて行けない時がある。ちょっとむくれて降りて行った先に、ずっとこっちを見て待ってくれているひーちゃんがいた。私の姿が見えると、両腕をブンブン回しながら手を振ってくれてる。さっきまで怒ってたのが嘘のように、私は夢中でひーちゃんのところまで滑って行った。  ひーちゃんの目の前にたどり着いたら、ひーちゃんはハグをしてくれた。  「よしよし、よく出来ました」  やっぱり犬扱いだな。でも、やっぱり嬉しい。
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