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もう、ひーちゃんったら。さっきと全然スピードが違う! でも、かっこいい。私はこの、かっこ悪い『木の葉落とし』で必死について行く。だけど、スピード出そうと思っても怖くなって転んじゃうし。ほとんど転がりながら降りて行ったみたいな感じ。
やっとひーちゃんの姿が見えた。……あれ、ひーちゃん、転んだのかなあ。雪の上に大の字で寝そべってる。でも全然動かない。大丈夫かな。
「ひーちゃん、大丈夫?」
やっと追いついた私は、まだ寝そべってるひーちゃんに声をかけた。
「あー、やっと来た? 待ちくたびれて、寝ちゃったよ」
「ちょっと、雪山で寝たら死ぬよ?」
「死なないし。こんな暖かい、晴れた雪山じゃ。澤村もやってみな。気持ちいいよ」
私もひーちゃんの真似をして、雪の上に寝てみた。目の前には綺麗な青空が広がっていて、太陽の光が暖かい。本当に気持ちよくて寝ちゃいそう。
「これは、寝ちゃうね」
私はひーちゃんの方に顔を向けてそう言った。
「澤村……私たちは……何でこうなったんだろうね」
「え? 何で私たちが付き合ったかっていうこと?」
「不思議じゃない?」
「ひーちゃん……私が彼女じゃ、やっぱりダメだった?」
「ううん。そうじゃないよ。ただ、全く性格も好みも正反対で、相性が良いとは思えない二人が、こうして一緒にいることが不思議だなって思うんだ」
♪♪♪
「ひーちゃん、ひーちゃんの目の前には、今何が見える?」
雪山に寝転んでる私の目の前には、真っ青な空しか見えない。雲一つ無い晴天だ。
「青い空しか見えない」
「そうだよね。その通り、それが答えなんだよ」
「どういうこと?」
意味が全くわからなくて、澤村の方を見た。澤村は、さっきまで私がそうしていたように、大の字になって空を見ていた。
「出会った頃のひーちゃんには、きっとこの空が見えてなかったと思うよ。ひーちゃんの周りには不思議な壁があって、ひーちゃんもずっとその中に閉じこもってたから。周りを見ようともしてなかったと思う」
確かにその通りだ。私は周りに興味なんて無かった。高い壁を作って、周りからも入って来れないようにしてたな。
「その壁は、今は無いのかな?」
「たぶん、まだひーちゃんの心の中には残ってると思う。だけど、私には見えないよ。だってひーちゃん、私とちゃんと向き合ってくれてるもん」
「澤村が壁を壊してくれたのかな」
「どうだろうね、わかんない。でもひーちゃんはいろんな場面で私のことを助けてくれた。もともと私の前には壁なんて無かったのかな」
「私と澤村は、こうなる運命だったっていうこと?」
「知らないけど、私はそう思いたいの! もう時間だから行こう。私、滑るの遅いから先に降りてるね」
何か自分で言いたいことだけ言って、澤村は先に行ってしまった。先に行ったといっても、あのペースならすぐ追いつくけどね。
結局のところ、私たちが付き合うことになったのは、必然だったのか? でもまあ、どちらにしろ、私はこれからも澤村と出来る限り一緒に過ごしていきたいと思ってる。
「おい、奈緒。ちょっと待って」
私の声が聞こえたのか、奈緒は転んだ。起き上がる頃には、もうすでに私は奈緒に追いついていた。
「ねー、ひーちゃん。今、『奈緒』って言わなかった? もう一回言って」
「言ってないよ、そんなこと。ほら澤村、行くよ」
「嘘だねー、ひーちゃん絶対言ったんだからー」
私の周りの不思議な壁は、奈緒にしか崩せないのかな。それでもいいよ。私たちがこうやって笑って過ごせるなら。
ワンダーウォール『完』
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