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気になるあの子とメッセージ〈紬side〉
染織工房でのフィールドワークは順調だ。
今回の工房は泊まりでの染織体験を受け入れているところなので、フィールドワークの受け入れ先としては恵まれていた。
食事をするところも買い物をするところももちろんあるし、自炊もできる。
教授を通して受け入れを打診してもらったものの、ゼミのフィールドワークではないため必要経費は自腹だ。俺の場合、ゼミのフィールドワークではなく自主的な研究目的なため自腹が多いが、教授を通すと断然受け入れられやすい。
今回は閑散期に手伝いも兼ねての体験実習だから毎日がのんびりしたもので、染織や機織り、繁忙期の為の準備などが作業の中心だ。
雪の時期は宿泊体験の観光客もいない為快く受け入れてもらえたのはありがたかった。
糸を染める、糸を織る。
初めての作業はやはり楽しい。
糸から紡ぐ事は時間の面でもコストの面でも無駄が多い為、市販の糸を使用していると教えられた。中にはそこからやる工房もあるとは言うものの、ごく少数だとのことだ。
気になる事は全てノートに書き記し、部屋に戻った後で別のノートにまとめる。
フィールドワークで学んだ事を書き記したノートは何冊目だろう?
これは俺の財産に等しい。
だけど、今回はそれ以上の楽しみがあった。
朝晩に交わすメッセージ。
はじめこそはぎこちないメッセージだったものの、最近では少し踏み込んだ言葉も出てくるようになった。
〈おはよう〉とスタンプを送ることから始まる朝は、同じように〈おはよう〉のスタンプが返ってくるだけで良い1日が保障された気分になる。
〈今日は昨日の続きで機織りです。
雪が積もってます〉
当たり障りのない言葉。
〈風邪をひかないようにしてくださいね。
機織り、頑張ってください〉
言葉の後に〈いってらっしゃい〉のスタンプ。これに〈いってきます〉と返して朝の挨拶は終了だ。
メッセージが返ってこない事は今のところない。きっと毎日規則正しい生活をしているのだろう。
土日でも似たような感じだ。
作業を終えて1日の終わりにもメッセージを交わす。
〈一応形になりました〉
その日、染織した糸の写真。
鮮やかな黄色い糸が並んでいる。
まだ乾燥中なので吊るしてある状態だ。
〈何で染めてあるんですか?〉
〈ウコン。
今日使った染料はここの庭で採れたウコンだって〉
〈庭で?〉
〈そう。
収穫したものを粉末にして保管してあるって使わせてくれた。
春や夏なら庭にある無花果や枇杷の葉っぱでも出来るって〉
〈それも面白そうですね〉
〈やらせてやるから繁忙期にバイトに来いって誘われたよ〉
〈次も長期ですか?〉
〈まだ受けたわけじゃないよ〉
〈受けるんですか?〉
〈そっちに帰ってからかな、決めるのは〉
光流次第だと答えたいところをグッと我慢する。
〈そうなんだ〉
微妙なリアクション。
もう一歩踏み込んだリアクションが欲しいのに、どこかで一線引かれてしまう。
〈一緒に来る?〉
〈機会があれば〉
光流の得意な逃げ方。
一緒に来るのなら〈機会〉くらい何としてでも作るのに。
〈そろそろ寝ますね〉
その言葉と共に送られてくる〈おやすみなさい〉のスタンプ。
こちらからも〈おやすみなさい〉のスタンプを送る。
あと一歩踏み出す勇気はどうしたら出るのだろう…。
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