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突然の…〈紬side〉
こちらに来て一月足らず。
元々今回のフィールドワークはひと月の予定だったため少しずつ日用品をまとめている。
毎日作業ばかりでも人間1人がひと月過ごすとなれば否が応でも物は増えてしまう。
特に寒い時期の今は衣類が嵩張る。
作業の時は基本、つなぎの作業着だ。
理由は簡単。
汚れてもいいし、上下の組み合わせを考える必要もない。今は機能的なインナーも多いため、つなぎ数枚とインナーを少し多めに用意すれば事足りるのだ。
ただ、夏場と違い乾きにくいのが玉に瑕だけど。
光流との関係も相変わらずだ。
朝晩のメッセージも危ういながらも均衡を保ってはいる。
フィールドワークを終えて帰ることすら告げる事が出来ていない現状。この距離感が均衡を保っているのだとすると帰ると告げる事を躊躇してしまう。
それでも期日は決まっているため帰るのは決定事項だ。
休学する気はないので院にいられるのもあと1年。院に入る前からフィールドワークと称して工房に出入りしたり、染料になる草木の採集をしたり。院に入ってからはより高度な技術を体験したりと修士論文の準備に入るのに不安は無い。
それだけに来年はどれだけフィールドワークに行けるかが問題だったのだけど、今回で打ち止めにしてもいいとすら思っている自分に若干呆れる。
少しでも近くにいたい。
何の関係も築いていないのに、それなのに日に日に増していく執着。
毎日のメッセージだけでは足りないのだ。
こちらにいるのもあと数日。
来る時にできなかった道の駅巡りをしながらゆっくり帰ったとしても1週間かかるかかからないか。道の駅巡りをしなければ1週間もかからず帰れてしまう。
知らぬふりをしながらメッセージを交わし合う事はできない。どこかで告げなくてはいけないのに均衡を崩したくなくてなかなか言い出せない。
〈こんばんは〉
珍しく早い時間にきたメッセージ。
いつもなら少し遅めの時間にこちらからメッセージを送るのが常になっているのに、初めての事だった。
何があった?!
嬉しいのだけど何かあったのかと不安にもなる。
〈こんばんは。
珍しいね〉
つい余計な言葉を送ってしまった。
〈ごめんなさい〉
すぐに送られてきた謝罪の言葉に肝が冷える。
そうじゃないんだ。
〈謝らないで。
嬉しくて〉
返ってこないメッセージ。
もどかしくて仕方ない。
〈電話って、出来る?〉
いい機会だと一歩踏み出してみる。
今日は片付け以外する事はない。時間なら有るのだ。
〈大丈夫です〉
悩んだのだろう。
なかなか返信がこない為、諦めかけた時に送られてきたメッセージを見るなりメッセージアプリの通話機能を使い発信をする。
本当はビデオ通話がしたかったがそれは贅沢すぎだろう。
数回の呼び出しの後通話が繋がる。
「もしもし?」
こちらから呼びかける。
緊張が伝わらないか不安だ。
今この瞬間、彼と繋がっていると思うだけで多幸感に包まれる。
『こんばんは』
耳触りの良い声が聞こえてくる。
男性にしては少し高めの、それでいて落ち着いた声。
あの時話した〈姫〉の声だ。
「こんばんは。
出てくれてありがとう」
声で興奮が伝わらないよう気をつけながら声を発する。緊張していたはずなのに、声を聞いてしまったら緊張だけのせいではなく気持ちが昂ってしまう。
会いたいと焦がれた人が電話の向こう側にいるのだから仕方ない。
短く返事をするのが聞こえる。
返事だけで可愛い。
何を話そうか。
何か用事があるからこんな時間のメッセージだったのだろう。
どう切り出そうか。
与えられた時間を有効に使いたいと思うものの、どう切り出せば良いのか思い浮かばない。
舞い上がっているのだろう、きっと…。
「何かあった?」
気を遣わせないよう、柔らかく聞こえるよう、声を抑えゆっくり話すよう心がける。
少しでも心象を良くしたい。
『えっと、図々しいお願いがあって…』
えっと、とか、お願い、とか。
うん、可愛い。
図々しくなんてない。
お願いされたい。
「お願い?」
『はい。
紬さんの作品を、また譲ってもらえませんか?』
名前を呼ばれた。
何のご褒美だ?!
作品を譲るという事は、会いたいって事だろう?
俺に会いたいと言ってくれてるのだ、これは。
「いいよ。
ストール?
トートバッグ?」
『できればセットで。
友達に贈りたくて』
そして話してくれた友達の事。
今は日本にいないけれど、1番の友達で、俺の作品の話をしたら興味を持ってくれた事。
写真を送ったらいたく気に入った様子だったので贈りたいと思ったこと。
実は前の時に譲った〈茜色〉のストールは彼女の兄に贈りたいと思ってる事。
兄とはどんな関係か気になるところだけど、嫉妬心で怯えさせてはいけない。
兄に贈ったと知ったら怒られるだろうから妹にも贈りたい事。
『自分が好きなものを気に入ってもらえるって、嬉しくて』
そんな可愛い事を言われたら譲るに決まってる。いや、なんなら貢がせてください。
光流が望んでくれるなら今ある作品、全て贈ってもいい。
うん、嬉しすぎて頭がアホになってるかもしれない…。
「そんな風に言ってくれてありがとう。
いくつか用意するよ。
色の希望とか、有る?」
『彼女のイメージ的には淡いピンクなんです』
「お兄さんには茜色だったよね?
なら、茜で薄く染めたのがあったはず。
前の茜色と違って桜に近いピンクだけど、どう?」
『良いと思います!』
食い気味の返事。
前に会った時もそうだったけど、夢中になると食い気味になるのだろうか?
リアクションの全てが可愛くて、愛おしい。
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