約束

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約束

『じゃあ、ストールとトートバッグ、セットでね。  他に何か希望は?』 「大丈夫です。  ありがとうございます」  嬉しくて声が弾んでしまう。 『すぐ欲しい?』 「いつでも大丈夫です。  こっちに帰ってくる予定はないから送ることになると思うので」 『そうなんだね』  言ってから気づく。  お願いしたはいいものの、どうやって受け取ればいいのだろう?  永井さんにお願いした方が良いのだろうか? 「そう言えば、紬さんはいつまでそちらですか?」 『ん?あと3日?4日?  …3日かな?』 「え?!」  気になってしまい聞いてみた問い。  その答えに驚きの声をあげてしまった。  今、3日って言ったよね?! 「3日、ですか?」  恐る恐る聞き返す。  3日だなんて急すぎる。 『だね。  1ヶ月の予定だったからあと3日。  道の駅巡りしながら帰るとしても…そっちに着くのは5日後くらいかな?』    そっか。  こうしてメッセージのやり取りができるのもあと僅かなのだ…。  楽しかったはずの気持ちが霧散していく。  ずっと続くと思っていたわけではないけれど、こんなにも急に終わってしまうとは思ってもなかったのだ。 『どうしたの?』  沈黙が続いたせいだろう。気遣うような声で聞かれてしまった。  しまった、まだ通話中だ。 「メッセージ、あと5日ですか?」  淋しそうな声が出てしまっていないだろうか?焦りながら言葉を続ける。 「こちらに帰ってきたら永井さん通した方が良いですよね?」 『何で?!』  焦ったような紬さんの声。  あれ?  思っていたのと違うリアクションに恐る恐る言葉を続ける。 「えっと…元々紬さんと知り合ったのは永井さんのおかげで、こちらに戻ってきたら永井さんを通した方がいいのかと…」  思っていた事を隠さずに伝える。  紬さんと僕が直接連絡を取っていたら永井さんは面白くないのではないか、と。 『ボクは君と話したくて連絡先を渡しました。  それに答えてくれたからこうして連絡が取れているのだと思うのですが…違いますか?』  諭すような声。  言い聞かせるような、それでいて苦笑いを含むような優しさがある。 「違いません…けど」 『けど?』 「何でもないです…」  どう伝えたらいいのかわからない。  自分の良いように解釈したくて、それでもそんなはずないと否定する自分もいて。  どう受け止めて良いのか分からずシュンとしてしまう。 『ボクは、そちらに帰っても光流くんと連絡を取りたいと思ってます。って言うか、連絡だけじゃなくて会いたい。  メッセージだけじゃなくて、スマホ越しじゃなくて、会って話がしたい』  紬さんが言葉で告げてくれた気持ち。 『嫌…かな?』  そして、絞り出すような問いかけ。  嫌なんかじゃない。  嬉しくて頬が熱くなるのがわかる。  きっと僕の顔は真っ赤だ。 「嫌じゃないです」 『ん?』  勇気を出して答えたものの、声が小さかったのか聞き返されてしまった。 「嫌じゃないです」  今度は少し声を大きくして答える。  そして、それでも伝えないといけないことがあることに気付く。  隠しておく事はできないのだ。 「でも…僕ひとりだと外出できなくて」  恐る恐る伝える事実。  Ωだと今ここで伝えるべきなのだろうか。 『ごめん、知ってる。  友人から少しだけ事情を聞いた』  悩む僕に告げられた言葉。  思わずヒュッと息を飲んでしまう。  どこまで、何を知られているのだろう?  どんな風に伝えられたのだろう? 『それでも、会いたいと思ってる。  前に会った時に一緒にいた子が一緒でもいいから』  続けて伝えられる真摯な言葉。  信じても良いのだろうか? 「一緒にいた子…賢志?」  賢志が一緒でも会いたいと言ってくれるのは僕がΩだと理解していてのことだろう。  それでも確認してみる。 『かな?  綺麗なお姉さんじゃない方の』  やっぱり賢志の事らしい。 「賢志は今、帰省中です。  賢志いない時は兄か安形さんがいないと外出できなくて…」  賢志、いつ帰ってくるんだろう?  賢志にも事情があるのは重々承知だけど、賢志の帰りがいつになるのかと考えるのすらもどかしい。 『綺麗なお姉さんは安形さん?』 「です」  そう言えば賢志も安形さんも自己紹介などはしてなかったかも…。 『ボクは、誰が一緒でも良いよ。  誰かが一緒だとしても光流くんに会いたい』  告げられた言葉の意味を考える。  誰が一緒だとしても僕に会いたいと言ってくれたその言葉。  会いたいと言われてもすぐに会えず、おまけに2人では会えないと言っているのにそれでもなお、僕を気遣ってくれているその気持ち。 「兄に、時間が取れるか聞いてみて良いですか?」  勇気を出してみよう。  どの道、静流君は避けて通れない道だ。 『もちろん。  帰ってから急ぐ用事はないから日にちはお兄さんに合わせるよ』  帰ってきた答えに思わず笑みが溢れる。 「…楽しみです」  喜びを伝えるように、大切なものを渡すかのように言葉を返す。  この気持ちが少しでも紬さんに伝われば良いのに。 『ボクも、楽しみだよ』  その言葉が嬉しかった。
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