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報告とお願い
紬さんとの通話を終えた後、なんだか〈ぽやん〉とする頭のまま考えた。
そう〈ぽやん〉としているのだ。
ふわふわと夢見心地でもなく、ほやほやと浮かれているわけでもない。
現実なのに、本当のことなのに、どこかで夢だったのかもと思ってしまうような、頭がぼ〜っとしてしまうような、とにかく今の状態を言葉にするのならば〈ぽやん〉なのだ。
紬さんと話した事は現実だったのだろうか?
もしかして僕が都合よく夢見ていたのではないだろうか?
でも具体的な約束、胡桃のために〈桜色〉のストールとトートバッグを譲ってもらう事になったのは現実だと思う。
桜色だけど茜で染めてあるから楓さんとお揃いになると、そんな専門的な事を僕は知らないのだからやっぱり現実なのだろう。
あと3日でフィールドワークが終わるとも言っていた。寄り道をしながら帰ってきたとしても5日後には帰ってくるらしい。
早く会いたいな。
そうだ、会う約束をしたのだ。
〈電話に出てくれてありがとう。
そちらで会えるのを楽しみにしています〉
送られてきたメッセージとおやすみのスタンプ。
〈お話ができて、僕も嬉しかったです〉
僕もメッセージにスタンプを添えた。
うん、やっぱり夢じゃない。
ぽやんとした頭のまま考える。
先ずやらないといけない事は静流君と話をする事だ。
静流君には紬さんの事は伝えてある。
作品を譲ってもらった事。
連絡を取っている事。
安形さんからも話を聞いているはずだけど、特に何も言われてはいない。
〈紬さんと会うことになりました。
まだ帰ってこないよね?〉
静流君の予定を聞く前に賢志にメッセージを送ってみる。
話の流れから静流君に会わせる事になってしまったけれど、賢志にはちゃんと伝えておきたかった。
〈いつ?
うん、まだ帰らないよ〉
すぐに返ってくるメッセージ。
賢志、暇か?!
〈静流君の予定次第〉
〈帰ってくるの?〉
〈来週には。
賢志は?〉
〈新学期始まる前には帰るよ〉
〈上手くいってない?〉
心配で聞いてしまった。
賢志が帰省している理由。
年上の彼女とのすれ違い。
初めて告げた僕の本心と、賢志の本音。
好きな人の気持ちが見られたら良いのに。
好きな人に気持ちが見せられたら良いのに。
気持ちが見えるのだとしたら、僕は今どんな色をしているのだろう?
気持ちが見えるのだとしたら、紬さんは今どんな色をしてるのまろう?
賢志は?
彼女さんは?
やっぱり恋愛は難しい。
〈彼女とはちゃんと話したよ。
帰ったらちゃんと話すけど、大丈夫だから。
心配ないし、別れない。
就職はそっちでする。
長くなるから帰ってから話すけど、なんの問題もない。
それより紬さんと何がどうなった?〉
〈電話で話した〉
そのメッセージの直後に鳴り出す呼び出し音。
賢志からだけど、今は出たくない。
紬さんの声の余韻を消したくない。
着信を無視する。
〈なんで出ないの?〉
〈余韻、消したくない〉
〈乙女か〉
そこは理解してほしい。
〈静兄に会わせて大丈夫?〉
〈何が大丈夫?〉
〈静兄、怖いじゃん。
超ブラコン〉
その返しに思わず笑ってしまった。
確かに静流君はブラコンだけど、それを言ったら僕もだ。
〈本当は賢志指名だった〉
〈俺?!〉
〈僕の事情、少しだけ友達に聞いたって〉
〈どこまで?〉
〈それは聞いてない。
でも、1人で出かけられない事は理解してくれてた。
だから、はじめは賢志も一緒にって言われた〉
既読がついても返信が来ないのは続きを促されているのだろう。
〈賢志が帰省してるって伝えて、静流君が一緒でもいいかって僕から聞いた〉
〈ハードル高くない?
俺が帰るまで待てない?〉
〈待たない。
早く会いたい〉
本音が漏れてしまう。
賢志相手だと遠慮も何もないのだ。
〈光流、楽しそうだね〉
〈うん〉
〈俺が帰るまで待ってくれてもいいのに〉
〈じゃあ、帰ってくる?〉
〈新学期までにはね〉
振り出しに戻った。
〈なんか、上手くいってるみたいで良かった。
こっち来てからも気にはなってたけどさ、口出さないようにしてた〉
〈そうなの?〉
〈うん。
静兄にも手を出しすぎるなって言われてた〉
初耳だ。
僕の知らないところで密かに応援されていたのだろうか?
〈静流君、来てくれると思う?〉
〈来るなって言っても来るんじゃない?〉
〈明日、話してみる〉
〈そうしな〉
〈おやすみ〉とスタンプを送り合って話を終了する。静流君はまだ帰ってきた様子はない。
メッセージだけ送っておこう。
〈静流君にお願いがあるので明日の朝食の時に時間をください〉
メッセージを送りアプリを閉じる。
色々なことがありすぎて眠いはずなのに頭は冴えている。
ベッドに入ってこれからの事を考えよう。
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