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会わせたい人
「おはよう」
食堂に行くと静流君は既に食後のコーヒーを飲んでいた。今日は父は不在だ。
いつもより早めに来たつもりだったのに…。
「食べながら話す?」
賢志との行動はどうやらバレているらしい。
怒られたわけではないけれど、遠回しに注意を促されている事に気づき程々にしておこうと心に誓う。
「食べるのは後でいい。
話、してもいい?」
様子を見に来た向井さんにコーヒーだけお願いする。コーヒーと言いつつ、僕に用意されるのはミルクたっぷりのカフェオレなのだけど。
「で、お願いってなに?」
先に口を開いたのは静流君だ。
僕がカフェオレに口を付けたのを見計らって出された言葉。
どうやら主導権を握るつもりらしい。
口に含んだカフェオレをこくりと飲み込みカフェオレボウルを置く。
静流君はそれ以上何も言わず、僕の言葉を待っている。
「会ってもらいたい人がいるんだけど、静流君の都合の良い日を教えてもらえますか?」
思わず敬語になってしまう。
言い訳をしたりせず直球で言ったのは、隠し事をしようとしても無駄だから。
生まれてからずっと一緒なのだ。
「それは、ストールの彼?」
ほら、バレバレだ。
と言うか、ここ最近の僕の交友関係で静流君の会ったことのない人といえば紬さんしかいないのだから当然と言えば当然なのだけど…。
「そう。
胡桃用にストールとトートバッグを譲ってもらう事になったんだけど、賢志がいないから静流君に一緒に来てほしくて…」
口に出して言ってしまうと静流君が会う必要性を全く感じられない。
ちゃんと伝えられるのかと不安になってくる。
「それは光流やオレが直接会わないと駄目なの?前に紹介してくれた人もいたでしょ?」
予想していた言葉を告げられる。
自分でもそう思っていたのだから、静流君だって当然そう思うだろう。
「そうなんだけど…」
「もともとサロンで会った人を介したんだから今回もそれでいいし、なんならサロンで会えば事足りると思うんだけど」
静流君が畳み掛けてくる。
反対しているわけでは無いのだろうけれど、手放しで賛成してくれているわけでも無い。
なんだか試されているようで居心地が悪い。
「それだと、早くても4月まで待たないといけないから」
「何か問題が?
胡桃ちゃんが帰ってくるわけでもないでしょ?」
「そう言う問題じゃなくて…」
「じゃあ、賢志が帰ってくるまで待てば?
賢志となら面識あるんだし、オレが行く必要ある?」
いつもなら〈お願い〉をすれば二つ返事で聞いてくれるのに、今日は簡単にお願いを聞いてくれる気はなさそうだ。
賢志に手を出すなと言ったことといい、反対はされてないけれど、賛成もされてないのだろうか。そう思うと悲しくなってくる。
昨夜は静流君に紬さんを紹介できる事が楽しみだったのに、それ以前の問題なのだろうか。
「オレもね、仕事がそれなりに忙しいしやりたい事、やらないといけない事って色々あるんだよ。だから必要のない事にあまり時間を割きたくない。
品物の受け渡しだけなら少し我慢して賢志やサロンを待てない?」
静流君の言う事は正論だ。
ただでさえ忙しいのに理由もなく拘束されるのは嫌だろう。
でも、理由はちゃんと有るのだ。
これは、静流君じゃないとダメな事なのだ。
「静流君に紹介したいから。
品物の受け渡しは口実で、静流君に紬さんと会ってもらいたい。
それに、僕も早く紬さんに会いたいから」
僕の精一杯の言葉。
静流君に伝わりますようにと願いを込めて続ける。
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