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トラウマ
「今回のことは、光流がどう動くのか見たかったから何も言わずに見守ることにしたんだ。だから賢志には手を出さないように言ってあった」
賢志から聞いていたことを静流君からも聞かされる。
「うん。賢志からも聞いた」
「あいつ、言ったの?」
何だか不満そうだけど…賢志は何も悪くない。
「なんで今回は何も言わなかったの?」
時間は気にしなくてよさそうなので、思ったことを聞いてみる。
兄弟の話し合いで仕事を遅刻するのはどうかと思ったけれど、父が良いと言ったのならば甘えてしまおう。
「理由はひとつだけだよ。
光流が自分から興味を持って、自分から動いたから」
そう言って教えてくれたこと。
僕が紬さんの作品を見て欲しいと言った。
作者である紬さんに会いたいと願った。
連絡先を聞いて自分から連絡を取った。
それだけで見守るに値すると思ったとの事。
「光流は完全に護のことトラウマになってたでしょ?」
久しぶりに静流君の口から出てきた名前。
「光流が良い子になったの、護と知り合ってからって気付いてた?」
そう言われてもピンとこない。
「護に気に入られたい、護に守られたい。
そんな感じかな?
護の為に一生懸命だったよね」
そう言われて無言で頷く。
確かにそうだった。
護君に好かれたかったから、だから護君が望むように行動するようになったんだ。
僕が中学3年の時に結ばれた婚約。
それ以前から護君を意識していた僕は彼に従順だった。
中学に入り、交友関係も広がっていくはずが「あの子、ちょっと苦手かも」という護君の一言で距離を取るようになった。
友達として接していいのは中学に入学する前から繋がりのある人だけ。
αとかβとかΩとか関係なく新しい繋がりを護君が嫌がったため、特定の相手以外と接する事が怖くなった。
静流君にべったりだった自覚はあったけれど「俺より静流の方が好きなんだよね」と言われてしまい、静流君に対して我儘を言うのを控えるようになった。
無条件で僕を愛してくれる静流君と、それを当然だと思い甘える僕が面白く無かったのだろう。
今思えば兄弟間の事なんだから拒否しても何の問題も無いのに、静流君に対して目に見える我儘は言わなくなった。
護君が望むからなるべく一緒に過ごした。
登校は静流君と一緒だったけど、下校は特に決められてはいなかった。
はじめのうちは〈友達〉と帰ることもあったように思う。それも「俺が一緒に帰れない時は静流と帰って」と言われてそうする様になったことに何の疑問も持たなかった。
αの独占欲、αの執着。
それに翻弄されていたのだ。
中高の校舎が隣接していた為、護君が僕の行動を把握するのも容易で〈何か〉があるとその都度〈一言〉だけ告げられる言葉。
「光流のクラスの代表、α?
俺、ちょっと苦手かな」
教室で少しだけ好意を向けられた相手だった。
本が好きで図書委員をやってみたいと思っていた。それを護君に相談してみた時に言われた言葉。
「図書館って、不特定多数の生徒が利用するでしょ?
光流、人が多いの苦手なのに大丈夫?」
そう言われて諦めた。
人が多いのが苦手だと言う意識はなかったけれど、護君がそう言うならそうなのだろう。
そうして段々狭まっていく僕の人間関係。
護君に従順になっていく僕。
今考えると異常だったと思うのだけれど、その時の僕は僕なりに一生懸命だったのだ。
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