初めてのヒート

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 その日は母に言われるまま部屋に入り、ベッドから手の届く範囲に食料を置いておく。  スポーツドリンクやゼリー飲料。簡単に食べられるひと口サイズのサンドイッチやおにぎり。時々母が様子を見に来てくれる事になっているので不安はない。  Ωの僕が困らないようにとバス、トイレも専用のものがあるため、ヒートが軽ければ通常通りの生活も送ることができる。  部屋に入っても身体がぽやぽやする感じはあるものの、特に変化はない。やることもないので読みかけの本を開くけれど集中力はあまりなく、気がつくと同じ文章ばかり読んでいる。 「変だな、と思ったら薬は早めに飲みなね」  母の言葉を思い出し、とりあえず1錠口にする。1度に3錠まで飲んでいいと言われたけれど、適量を測るためにも一度に飲むことはしないでおく。  1錠飲むとぽやぽや感は少し薄れたためスマホをチェックする。兄から聞いたのだろう、護からメッセージが入っていた。 〈大丈夫?  何かあったら連絡してくれればすぐ行くから。  帰りに顔出そうか?〉  大好きな人からの優しいメッセージ。  読んだだけで下腹部がキュンキュンするような気がするのは気のせいではないだろう。メッセージを読んだだけでこんなふうになってしまうなんて、会ってはいけない。  何かが僕の中で警鐘を鳴らす。 〈ありがとう。  会ったら甘えたくなるから今日は来ないで。   護君の邪魔したくないから。  予備校、頑張って〉  それだけ送るとスマホを置く。  下腹部がキュンキュンしたままなのが気になってしまい、薬をもう1錠飲もうかどうしようかと迷う。  もともと性欲は少なく、高校生になった今も自慰をする回数は極端に少ない方だと思う。ヒートが来たらどうなるのかが心配だったのもあり薬をもう1錠飲んで様子を見る。  やがて下腹部の違和感も無くなり、やることのなくなった僕は再び本を開く。  あのまま護とメッセージを続けていたらどうなったのだろう?  声を聞いてしまったら、フェロモンを感じてしまったら。  ずくりと疼きそうになるのを避けるために考えるのをやめ、本に集中する事にする。  まだ溺れたくない。  それが正直な気持ちなのかもしれない。  番ってしまえば外出を制限されるようになるだろう。父が母を囲い、なるべく家から出さないようにしているのは幼い頃から見てきた当たり前の風景だ。それを当たり前だと思っているし、僕自身そうされたい願望がある。  だからこそまだ護に甘えられないのだ。  知ってしまえば毎回欲しくなる。  知ってしまえば番いたくなる。  学生のうちにできるだけのことを身に付け、在宅でもできる何かを模索していたあの頃。  それだけで満たされていたあの頃。  その頃から僕達はすれ違っていたのかもしれない。
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