静流君の事情

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静流君の事情

 それからも穏やかに時は過ぎていった。  僕は大学に進学し、賢志と共に行動している。学科は静流君と同じ商学部でビジネスや経営の仕組みを学ぶ事が大前提で、この先何を学ぶかは自分の適性を見極めて選択するつもりだ。  胡桃は無事にお式をあげ、パートナーさんと〈番〉になった。  高校卒業後に番となり、大学卒業後に結婚と言っていた胡桃だけど「結婚が早まったのならお式を挙げてから番になりたい」と言う可愛らしいお願いをされて我慢したパートナーさんは偉い、と静流君は言っていた。  僕にはいまいちよくわからないけれど、αにとってはかなりの我慢を強いられることらしい。  αにとって愛しい相手を〈噛みたい〉と思うのは当然の欲求で、1日でも早く噛んで番いたいと思うものらしくて…。 「静流君はそう思う相手、いるの?」  僕が聞くと静流君は少し考えてから答えてくれた。 「今はまだいないかな。Ωと番になりたいとも思ってないし。  好きになった相手がΩなら番になるんだろうけど、番には拘ってないよ。  好きになった相手がαやβだったらそれを受け入れるつもりだしね。  まぁ、今は恋愛より楽しい事も沢山あるから焦ってはないかな?」 「そうなんだ…。  静流君ってさ、パートナーいた事あるの?」  ずっと気になっていた事を聞いてみる。  静流君は僕の事情を全て知っているのに、僕は静流君の事は何も知らない。 「ん?聞きたい?」  ニヤリと悪い笑顔をされたけれど、怖いもの見たさで頷く。 「固定のパートナーはいたことないよ。  ただ、ヒートを一緒に過ごす相手はいた時もある。でもそれは恋愛とは別で、先生のクリニックにもいるでしょ?薬の効きが悪くてパートナーと過ごすしか楽になる方法がないって人。  そんな人のヒートの相手として付き合ってた時はある。  今はいないけどね」  サラリと言った言葉に驚きを隠せない。 「それは、パートナーとは違うの?」 「だね。  違いを言うとすると、番となる相手に対しては愛情が必要なんだと思ってる。  噛んで自分のものにしたいと執着するのは、やっぱり愛情が無いとそこまで相手の人生に対して責任が持てないと思うんだ。  その点、ただヒートの相手をする分には愛情は必要ない。  例えるならスポーツみたいなものかな?  αにしてもΩにしても考え方なんて人それぞれてさ、うちの父さんと母さんみたいに互いが唯一無二って人もいるし、特定のパートナーを持たずに過ごす人もいる。  オレは別に特定のパートナーを持つ気がないんじゃなくて、今はまだそうしたい相手がいないだけ」  静流君の言いたい事を頭では理解したけれど、正直なところ驚きの方が大きい。  僕が今まで見ていた静流君はほんの一部でしかないと、いつかもそんなふうに思ったけれど、うちの兄はまだまだ色々な面がありそうだ。 「それってさ、僕も知ってる人?」 「それ、聞くか?」  気まぐれに聞くと静流君が嫌そうな顔をする。 「それは…後学のために?」 「光流はそんな事許しません」 「……横暴だ」 「まぁ、それは冗談として。  オレの相手は同じ学校だったから見かけた事はあるかもね。  誰とは言わないけど。  ただ、お互いに割り切ってたから何のわだかまりもないよ。  今は相手にもちゃんとしたパートナーがいたり、番ったりしてる」 「…何人いたの?」 「それは教えない」  静流君はなかなかの遊び人(?)なのかもしれない。 「もしもこの先、光流に普通のヒートが来た時に困ったら相談しな」 「えっ?!」 「馬鹿、オレは相手にはならないよ?」  僕のリアクションに静流君が焦る。 「いくら可愛い弟でもそれは無理だって。  ただ、相談には乗れるし、もしも相手が必要なら紹介する事だってできる。  でも兄としては光流は本当に好きな相手とそうなって欲しいと思ってるけどね」 「自分のことを棚に上げてって言われそうだけどさ」と言いながら静流君は苦笑いする。 「好きな人なんて、この先できるのかな…。」  僕の言葉に静流君は更に苦笑いを深くするのだった。
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