オレの事情〈静流side〉

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オレの事情〈静流side〉

 光流にオレのパートナーのことを聞かれた時に一瞬にして色々と考えた。  正直に告げようか、今までのように隠そうか。  そして、正直に告げることを選んだ。  パートナーもいないし、番いたい相手もいないと。    今まで〈付き合った〉相手はいない。  もちろん縁談の話だったり、相手からのアプローチだったりは沢山ある。  ただ、食指が動く事がない。 「光流の事が好きなのか?」と聞かれる事もあるけれど、確かに光流の事は好きだけど、周りが答えさせたい〈好き〉ではない。  光流とヒートを過ごせと言われても無理だ。  絶対に反応しない自信がある。  初めてヒートの相手をしたのは中3の時、同じクラスの男性Ωだった。「初めてのヒートの相手をして欲しい」、とお願いされた時は驚いた。友達として仲の良かった彼にどういうつもりかと聞くと「静流が1番後腐れなさそうだから」と言われてもう一度驚いた。  彼が言うには「静流は弟が大事過ぎて恋愛にもそういう行為にも執着がなさそうだから、自分とそうなったとしても執着しないはずだ」と。そして「自分には好きな人がいるけどその人にはお願いできないし、したくない。初めての自分がどんな風になるかわからないからその時のことを静流に覚えておいて欲しい」との事だった。  中3と言えば好奇心も旺盛な時だ。  それでも自分の立場を考えて答えは保留にしてもらった。  そして、情けないけれど家に帰って父に相談した。  父はオレの話を聞くと「お前が嫌じゃなければいいんじゃないか?」とあっさり言われて拍子抜けしたことを覚えてる。 「本当に好きな相手とする時にリードできるように経験を積んでおくのは悪い事じゃない」  と言われて驚いた。 「父さんもいたの、相手?」 「いたよ。母さんはβだったから発散するところがなかったんだ。  叶うとは思ってなかったけどもしかしたらチャンスが、と思って男性Ωで経験も積んだ」  真面目な顔で爆弾を落とす彼は本当にあの父なのか…。 「お前が光流の事を大切に思っている事も、世間が下衆な勘ぐりをしている事も知っている。  だからこそ、そんな相手を作るのは悪い事じゃないと思うぞ。  ただ、孕ませるような事がないように気をつけろ。万が一、そうなった時には責任を持ってもいいと思える相手とだけにしておけ」  想像と違う返事に驚いたものの、それも悪くないかと思わせる返事だった。 「それって母さんは知ってる?」 「…詳しくは知らないけれど、母さんだけじゃないのはバレた」 「バレたんだ…。  怒った?」 「拗ねた」 「……」 「可愛かったぞ。  ただな、お前を授かった時に「もしも僕以外の誰かとの間に赤ちゃんがいたらこの子には会えなかったんだろうね」と言われて猛省した。静流は今は意中の相手はいないみたいだけど、もしも出会った時に後悔するようなことだけはするなよ」 「わかった。でも…親のそんな話は聞きたくなかったかも……」  オレの受け答えに父は大きく笑い「経験は大切だぞ」と言って話は終わった。  翌日、登校したオレは昨日の彼にOKを出し〈その日〉を迎えた彼の初めての相手となった。  まぁ、オレも初めてだったんだけど…。  当日は我を忘れてしまうような事がないように、と強めの抑制剤を服用した。  知識としてやり方は知っていたので自分なりに相手を大切にしたつもりだ。  ただ彼の唯一の願いでキスだけはしなかった。  初めてだったせいなのか、互いに想いが伴っていないせいか、一度の精でヒートは収まり、アフターピルを飲んで終了。  してみて思ったのは〈こんなものか〉だったけれど、その後もヒートの度に相手をお願いされた。  オレが彼の相手をしている事はすぐに周りに知れることとなり、相手のいないΩから声をかけられる事が増えたが父に言われた通り〈万が一の時に責任を持ってもいい相手〉はそうそういないもので、中学の間は彼だけが相手だった。  高校に入り、初めての彼はちゃんとしたパートナーを見つけたため関係は解消。相手もオレの存在は知っていたけれど、割り切った関係でキスもしていないと言うと納得したようだった。オレが彼に全く執着を見せなかった事も良かったのかもしれない。 「あれ、いいの?」  校内で仲睦まじい様子の2人をみて心配そうにする友人もいたけれど、全く動じた様子のないオレを見て〈オレの唯一は彼ではなかったようだ〉という話が流れるようになるとまた周囲が騒がしくなった。  次に相手となったのは女性Ωだった。  女性Ωとなると〈初めて〉は責任が大きすぎると断ったが、初めてではないとあっさりと言われてしまった。  固定のパートナーを作らず過ごしてきたが、その中の1人が勘違いして困っている。その相手よりもオレの方が〈高位のα〉なので助けて欲しいと言われた。  相手がいないままでは周囲が騒がしいため引き受けたものの、やはり〈こんなものか〉としか思えない。  そして、彼女ともキスはしなかった。  特別な意味があったわけではないけれど何となくしたくなかった、ただそれだけだ。    彼女とは案外長く続いたけれど、2年の冬に〈婚約することになった〉と関係の終わりを告げられた。 「そっか、良かったね。おめでとう」  特に何も感じることなく、定型のお祝いを述べる。彼女が少し淋しそうな顔をしたけれど、それには気づかないふりをした。  特に秘密にしていた訳ではないから何処かからの〈善意の告げ口〉でもあったのだろう。  もしかしたら引き止めてケジメをつけると言ってくれるかもしれないと言う打算もあったかもしれない。  全て分かった上で、オレは彼女の手を離した。  仕方ない、彼女のことは嫌いではないだけで〈好き〉な訳じゃないから。 〈万が一の時〉には当てはまっているけれど、唯一ではない。  オレは何処かおかしいのかもしれない。  そう思わないでもないけれど、それでも〈大切な人〉は光流だけでいいと思っていた。  オレこそが〈恋心〉を知らないのかもしれない…。  彼女と別れてからは特定の相手を作るのはやめた。ヒートを一緒に過ごして欲しい、とのお誘いは少なくなかったが「弟が4月から入学してくるから」と言えばそれ以上にしつこくされる事も無かった。  そして4月。  光流が入学してからは光流のお世話を楽しんだ。本人は自覚していないが、光流は〈庇護欲〉を駆り立てる容姿で数多のαが狙っていることに全く気づいていない。  護と言う抑止力は有効だった。  それでもオレが今までの調子でΩとの関係を続けていたら、いつか光流まで痛い目に会う。そう思い護と共に光流を守った。  それが良かったのか、悪かったのか、今でも悩んでいる。  この時の対応が違えば光流が〈恋心〉を亡くすことはなかったのか。  あの時、護が何を思い、どう考えてオレのことを見て見ぬふりしていたのか。  本当は光流以外に気になる人がいた時期もあったのではないか。  思考はループする。  オレたち兄弟は〈恋心〉を知らない。
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