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異変
それは何気ない1日の中での出来事だった。
授業を受け、賢志と共に〈サロン〉に顔を出した時に感じた違和感。
〈サロン〉には学科も大学も関係無く人が集まる。と言ってもふらふらと来て入れるものでは無く、この学校に通う生徒からの紹介が必要で初回は同伴での参加がルールだ。
同伴した学生はサロン内での同伴者の行動に責任を持たされる。万が一不祥事があった場合には連帯責任となるため自然と同伴者選びには慎重になるのだ。
その日は特に新しいメンバーが来ると言う話もなく、静流君が来られなくても問題ないとのことで賢志との参加が許された。新しいメンバーが来る時は万が一に備えて静流君同伴でないと参加させてもらえない。
相変わらずの過保護っぷりだ。
いつもと変わらないメンバーでの気兼ねのない会話。静流君が賢志や僕が馴染めるように下地を作ってくれていたせいもあるけれど、ここは居心地が良い。
社交の時に顔を合わせるメンバーも多く、情報交換も活発に行われる。
誰と誰がパートナーになったとか、パートナーを解消したとかも貴重な情報だ。きっと当時は僕と護君のことも話題になっていたのだろう。
社交の場では大っぴらに話せない事はこう言う場所から広がっていくのかと勉強させられた。
社交の場ではエスコートする、される相手を詮索するのは〈はしたない〉事だとされている。それなのに皆んな事情を知っているのでどこで情報が漏れるのかと不思議だったけれど〈サロン〉のような場所や会は様々な場所で行われているのだろう。
それは、下世話な理由で話されるのではなく相手を傷つけないための手段でもあると教えられた。
知っていれば余計なことを言わないし、聞く必要もない。そして、数少ないαやΩが次に行くためにはそんな予備知識も必要となってくるのだ。
例えば円満に別れたのかどうか、どちらに責が有ったのか。どちらかからの婚約破棄だったのか、それとも婚約解消だったのか。それによってパートナー候補にするしないが決まってくるのだ。
そんな場であるけれど、どさくさに紛れて声をかけられる事はなく〈真摯〉なお誘いは時々もらうものの、今のところその気になれそうな相手はいない。
話をして面白い相手はいても、それ以上の付き合いをしたいとは思えない。
僕のヒートが特異なことはすっかり浸透しているためαだけでなくβからも男女問わず声をかけてもらうけれど、友達以上に踏み込んでみたいと思う相手には今のところ出会えていないのが現状だ。
「今日のサロン、暑くない?」
その日は夏と言うにはまだ早く、春と言っては行き過ぎているそんな日だった。
学年が変わり、まだ新しい人間関係が構築されていないせいか見知った顔ばかりである。
サロンが開かれる時はお茶とお茶菓子が用意されるためアイスティーを頼み、上着を脱いだ。
「特に気にならないけど…温度下げてもらう?」
賢志が気遣ってくれたがそれは断った。冷たいものを飲めば治るだろうと思ったのだ。
顔見知りと同席し、たわいもない会話を楽しむ。新しくとった講義の話、読んだ本の話。
どこそこのパートナーが関係を解消したとかしないとか。
頼んだものが運ばれアイスティーで喉を潤す。今日は焼き菓子が提供されているが、予想していたものと違った。皿に乗せられたのはフィナンシェで、それはそれで美味しそうなのだけれど、部屋に入ってからずっと香っているシナモンのような香りのせいでもっとスパイスを効かせたお菓子が出てくると予想していたのだ。いつも大体当てる事ができているのに少し悔しい。
お菓子の予想は外れたものの、いつもと同じように過ごす。冷たいものを飲んでも暑さは治らず、次第に暑さが増していく。前に挑発フェロモンに当てられた時と似た感じがして流石におかしいと思い、そっと賢志に声をかける。
「ごめん、帰りたい」
僕の異変を察知して賢志がすぐに車を呼んでくれる。今日は安形さんは兄と行動を共にしているので父経由で車を呼んだようだ。
「ごめん、気付いてやれなくて」
賢志が謝るけれど自分自身も異変に気付いていなかったのだから仕方がない。
体調が優れないため今日は先に失礼をすると告げて部屋を後にしたけれど、部屋を出ると少し治ったような気がした。
車が来る頃には暑さも落ち着き、車が来れば大丈夫だからと賢志にはサロンに戻ってもらう。サロンに〈何か〉なかったか知りたかったのだ。賢志もその意図に気付いたのか素直にサロンに戻ったけれど、帰ってきてから話を聞いてもいつもと違うことは特に何もなかったと言われて首を捻ることになる。
帰宅後に先生に連絡し、急遽先生が往診してくれることになった。何か変わった事があった場合、研究の一環でもあるため逐一報告するように言われており、何が起こっているかわからないのに安形さん以外の車にはあまり乗らない方がいいとの配慮から往診という方法をとっている。そして、その時に不用意に賢志を残したことを叱られた。いくら父が信用している相手でも万が一を考えてのことで、それについては父からも賢志共々叱られることになる。
結果として〈軽いヒート〉が起こっている兆候はあるものの、いつもほど眠くならないためこのまま治るだろうと言われ軽い抑制剤を飲むことになった。
今日の行動を振り返りながら先生に報告もしたもののやっぱり理由はわからず〈そろそろヒートが近いから〉と言うことに落ち着いたものの、何かが違うと言う気持ちは消えない。
新しい何かが動こうとしていた。
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