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運命と本能
次のヒートはいつも通りの時期にいつも通りのヒートが来た。眠気に負けてベッドに入り、1日中ひたすら眠り起きた時には終わっている。
先生から今回は何か変化があるかも、と言われていたけれど結局何もなく、それは僕のヒートの様子を見に来る母の口からも証明された。
「いつも通り、ひたすら眠ってるだけで動きもしなかった」
とは母の言葉だ。
静流君はあの日参加していたメンバーに〈シナモン〉の香りについて聞いたものの、うちの学校に通うメンバーからは何の情報も得られていない。
そんな時に他校から参加しているメンバーの女性Ωから心当たりがあると連絡をもらい、会うことになったのは試験前の忙しい時期だった。
試験前の大事な時期だけど大丈夫なのかと確認するも、なるべく早く話をしたいと言われスケジュールの調節をする。試験前はサロンも開かれていないためどうしようか迷ったけれど、向こうの希望でうちの学校のカフェテリアで会うことを了承した。
当日、約束の時間より早めにカフェテリアに着くとそこにはすでに彼女が待っていて僕達を見ると立ち上がり軽く頭を下げた。
確かにサロンで見たことのある女性だ。
でも、彼女からはシナモンの香りがするわけでもなく、呼び出された意図を探る。
「今日はありがとうございます。えっと…」
「大丈夫です。お名前は知っていますし、そちらも僕たちのことはご存じですよね?」
付き添ってくれている兄が先に口を開き、座るように促す。
賢志も来ると言ってくれたけれど、こちらばかり多いと彼女も萎縮してしまうからとの配慮だ。
「はい。
では、すぐにお話ししても?」
「お願いします」
今度は僕が答える。
そして、彼女の話が始まった。
彼女の話は本当に単純なものだった。
僕の感じた〈シナモン〉の香りは多分自分のパートナーのものではないか、と。
あの日の前日までパートナーと共にヒートを過ごしていた事。パートナーのフェロモンがシナモンの香りである事。当日は彼の家から直接登校したので残り香があったのではないか、とのことだった。
話す彼女は顔色が悪く、調子が良くないように見える。
「うちのパートナーは、光流さんの〈運命〉ですか?」
そして、彼女の口から出た言葉。
〈運命〉という一言にはじめは何を言われたのか理解できなかったのか、その意味を理解した時に兄が目を見開く。
「光流は、気付いてた?」
その言葉に僕は無言で頷く。そして、それを見た彼女は酷く苦しそうな顔をした。
「あの時は何が起こってるのかは理解できてなかったけど、後になってからもしかしたらとは思ってた。
身体の調子が悪いのとは少し違って、怖いような嬉しいような、高揚感?
挑発フェロモンの時は気持ち悪くて、体温が奪われるような感じだったのに、今回は包み込まれて暑い感じだった。
後になって考えれば、だけどね」
僕が話している間も彼女は無言のまま僕を見つめるだけだ。
ごめんね、そんな顔をさせたくて呼び出したんじゃないんだ…。
「ごめんね、不躾な質問ですが彼と番う予定は?」
本当にパーソナルな質問で、本来ならば許されることではない。それでも、今後のために必要な事だと言い聞かせて言葉に出す。
「向こうは今すぐにでもと。
今回も噛みたいと言われましたが私がまだ学生なので踏ん切りがつかなくて…。
こんな事なら……」
彼女は絞り出すように言葉を続ける。
「それは、貴女も彼と番う気はあると思っても良いですか?」
僕の言葉に彼女は訝しげに顔を上げる。
兄は黙ったままだ。
僕の意図に気づいているのかどうかはわからないけれど、僕の意思を尊重するつもりだろう。
「そのつもりでした。ただ、社会に出たら環境も変わります。だから学生のうちは早いと思っていました」
「それは、彼にとって?貴女にとって?」
「彼にとってです。
彼は社会人2年目なんです。自分が社会人になった今なら、と言ってくれてますがまだ私は学生だし」
「彼以外の相手がいるかもと思ってるから?」
「違います!」
僕の質問に淡々と答えていた彼女だが、その質問には強い口調で答える。
「私はまだ学生です。だから…彼の足枷になりたくない。
お互いに社会人になった時に、生活が変わった後でも私でいいと言ってくれるならと思ってたんです」
そう言って彼女は目を伏せる。
Ωが社会に出て働くと言う事はいろいろな不便を強いられる事になる。
ヒートの時の休暇をよく思わない人もいるだろう。
Ωだと言うだけで軽んじられることもあるだろう。
そんな生活の中で自分がどう過ごしていくのか。
自分の目標を持ち続けて頑張る事ができるのか、それとも彼に依存して逃げてしまうのか。
そうなった時に、どんな自分でも良いと言ってもらえたらその時初めて〈番〉になりたいと思っていたと彼女は力なく言った。
良いところだけを見て選ばれるのではなく、全てを知った上で番いたかったと。
Ωだからと言って全てのΩが囲われて生活するわけではないのだ。
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