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「僕の事情は知ってますか?」
彼女にだけ話させてはいけない。そう思い聞いてみる。
「…知っています。
私は、光流さんの婚約者だった方とは同じ学校で、学年も同じです。こちらのサロンには以前から参加していたので静流さんが色々と調べていた事も知っています」
気まずそうに答えると、僕に話の続きを促す。
「じゃあ、婚約解消の理由もご存じですよね?」
その言葉に彼女は無言で頷く。
「まず、現段階では僕はパートナーを必要としていません」
「でも、〈運命〉なんですよ?」
言葉を続ける僕に彼女は驚いた顔を見せる。〈運命〉とはそんな顔をさせるものなのだろうか?
「〈運命〉と言われても僕は何も感じない。確かにあの日は高揚感を感じました。でもそれだけです。
あの後、シナモンの香りはαのフェロモンだったのではないかと早い段階で気付きました。
でもその持ち主に会いたいとは思わなかった」
「じゃあ何で探すようなことを?」
不安そうなままの彼女を安心させるべく、言葉を続ける。
「会いたくないからです」
僕の言葉に彼女は驚きの顔を見せるが、兄は〈やっぱり〉と言った顔を見せる。僕の意図などお見通しなのだろう。
「よく〈運命の番〉なんて言うけど僕は運命ってそんなことじゃないと思ってます。
今回のことでもサロンで貴女と会ったという事は、生活圏が被っていると思っていい。僕はあまり出歩かないからと言うのもあるけれど、それでも今まで会うことが無かった事も〈運命〉なんだと思ってます」
「じゃあ、今回彼女を通してフェロモンを感じたのだって〈運命〉なんじゃないの?」
今まで黙っていた静流君が突然口を挟む。
彼女もその言葉に頷いている。
「それは…本能?
貴女とは何回か顔を合わせています。それでも今まで気づく事はなかった。
貴女の体調や彼の体調もあるのかもしれないけれど、それこそ〈運命の番〉だと言うならもっと早い段階で気付いていると思うんだ。
だから今回気付いたのは〈警告〉?
環境が変わって、人間関係にも変化が出て、少しの変化で僕自身が変わる可能性に対して出された〈警告〉なんだと思うんだ」
「ごめんなさい、私にはよく分かりません。
〈運命〉って本能で求め合うから〈運命〉なんですよね?」
「本能で求め合うなんて、そんなの動物と一緒だ!」
思わずきつい口調で彼女の言葉を遮ってしまった。
本能なんて、そんなの知らない。
自分の大切なパートナーがいるのに、それなのに別の相手と本能のままに〈身体〉を求め合うなんて、そんな動物的な行動は認められない。
「〈運命〉と言うなら、貴女とパートナーさんこそ運命なのだと僕は思ってます。
フェロモンで惹かれ合うのではなく、時間をかけて信頼関係を築き、お互いを思い番うことを躊躇うなんて、それこそお互いが〈運命〉だからこそ出来るんじゃないですか?
フェロモンに当てられ、衝動のまま身体を繋ぐなんて、ましてや大切な相手がいるのに別のΩの頸を噛むだなんて、そんなの動物と同じだ。
まぁ、僕は大切な相手だとすら思われてなかったんだろうけどね」
淡々と告げるつもりが、最後に本音が漏れてしまった。
僕の事情を思い出したのだろう。彼女は気まずそうな顔をする。どこまで知っているのかわからないまま話してしまったけれど、彼女のリアクションを見るとほぼ正確に理解しているようだ。
「だから、もしも貴女のパートナーと出会ってしまった時に起こりうることを回避したいんです」
ここまで話してやっと今日の本題を話すことができた。はじめからこれを言えば話は簡単だったのかもしれないけれど、彼女にだけ話をさせてしまうのは申し訳ないと思ってしまったのだ…。
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