運命と本能

3/3
前へ
/157ページ
次へ
「色々と方法はあるのですが、貴女にはなるべく負担をかけたく無いと思っています」  そう言って予め話しておいたことを兄に説明してもらう。 「まず、サロンの参加を遠慮してもらいたい。  サロンはこちらの学内で行われることであり、外部から参加の貴女と光流のどちらに参加資格があるかと問えば当然光流です。  ただ、言っておいてこれはあまりにも横暴なので、互いに参加する会をずらす事で回避できると思ってる。その時は貴女がこちらに来る時間などを予め教えてほしい。なるべく光流と接触しないように配慮する。  貴女と接した時に光流のフェロモンが貴女に移る可能性も考慮してです。  次に光流の予定を早めに貴女に伝えます。  光流は基本的に学外に出る事は少ないのでそちらに負担は少ないと思いますが、光流の外出先に行くのは避けていただきたい。  彼が社会人ならばその行動を制限する事は難しい。なのでこちらが配慮するべきだろうとは思っています。  万が一重なってしまい変更できない時はこちらが避けるので教えてください。  今まで出会わなかったのだからと油断はしたく無い。  最後に、これが1番確実な事なんだが…君たちが番となる事です。  これはこちらが強要して良いことでは無いし、するつもりもない。  ただ、そうなった時には教えてほしい。  プライバシーの問題だから本当に申し訳なく思うけれど、こちらとしても懸念事項は無くしておきたいので」  淀みなく言葉が続き、彼女は黙ってそれを聞いている。  こちらからの提案が横暴すぎるのではないかと心配になるけれど、今のところ彼女の表情に嫌悪感はない。 「確認させてください」  話が終わるとすぐに彼女が口を開いた。 「光流さんは、それでいいんですか?」  真剣な表情だ。 〈運命の番〉と言うのはそれ程までに重要なことなのだろうか、と少し嫌な気分になる。 「僕は運命に興味はないし、大切な人のいる相手を欲しいとも思わないし、欲しいと思われたくもない。  ただ本能として変化が出ることを知ってしまったので、それを避けたいだけです」 「後悔しませんか?」 「後悔するとすれば、貴方から彼を奪った時です」  はっきりと、彼女の目を見て言う。 「僕は、奪う側になりたくない」  その言葉を聞いた瞬間、彼女は泣き出してしまった。 「ごめんなさい…。  私、別れて欲しいと言われると覚悟していたんです。  運命だから別れて欲しいって…。  静流さんがシナモンの事を聞いていると知った時に直ぐにピンときたんです。  でも、彼を失うかと思うと言い出せなくて…。  試験の前なのに勉強も手に付かないし、苦しくて」  ポロポロと涙が溢れる。  僕がハンカチを出そうとすると〈大丈夫です〉と自分のハンカチを取り出して押さえるように涙を拭く。 〈女の人は化粧を気にしないといけないから大変だな…〉そんな場違いな事を考えてしまう。そして、彼女のパートナーに対して本当になんとも思っていない自分を再確認する。  彼女から話を聞いてもなんの感情も湧かないし、もう一度あのフェロモンに触れたいとも思わない。 〈高揚感〉は確かに感じたけれど、嫌ではないと思っただけだ。 「それって、それだけ彼の事が大切って事ですよ」  僕が言うと彼女は泣きながら、それでも笑顔を作る。 「そうだと自覚しました。  ごめんなさい、彼は私の大切な人です。  そちらの条件は全て承知しました。  彼とは…次のヒートの時に番になります。  社会人になってから、なんて強がったけど彼のいない未来は私には想像できませんでした。    絶対に誰にも渡しません」  そう言った彼女はとても可愛らしかった。  こんな気持ちを向けられる度に彼は幸せな気持ちになるのだろう。 「貴女の負担になるかもしれないけれど、あと一つお願いしていいですか?」  僕の言葉に彼女は顔からハンカチを外す。  涙はもう止まったようだ。 「今回の事は、彼には言わないでください。  こんなことお願いしなくても言わないとは思うけど、それでもお願いします。  貴女はこれから先〈彼の運命〉について悩む事があるかもしれない。誰かに話したくなる時もあるかもしれない。でも、〈彼の運命〉は貴女です。だから〈運命〉と言われた時は僕を思い出すのではなくて、自分が〈彼の運命〉なのだと胸を張ってください。  なんだか理不尽な要求になってしまったけど、それでもお願いします」 「わかりました。  光流さんや静流さんとこうやって話せた事を含め、彼と私は運命なんだと思うことにします。  大切な気持ちを気づかせてくれて、ありがとうございます」 「番になったら連絡しますね」  彼女はそう言って席を立った。  この後、涼しくなった頃に〈番になりました〉と言う連絡をもらい、静流君は胸を撫で下ろすことになる。  懸念事項クリアである。 「本当に良かったの?」  彼女の姿が見えなくなってから静流君が僕に言う。 「当たり前。  香りだけでヒートになるなんて…気持ち悪い」  僕の言葉に静流君は淋しそうに笑ったけれど、この時の僕にとっては本心だったんだ…。 ※attention※ 〈恋心〉では〈運命〉〈運命の番〉について否定的な表現をしていますが、この話の中だけでの表現です。 〈運命〉も〈運命の番〉も大好きです。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1079人が本棚に入れています
本棚に追加