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それぞれの…。
僕の都合など関係無く時間は進む。
静流君は卒業して予定通り家業を手伝っている。と言っても祖父も父もまだまだ現役なのでしばらくの間は主要部署を回って勉強する事になるらしい。
今までの積み重ねがあるため困る事は無い、と言ってはいるけれど期待値が大きいためプレッシャーを感じるとも言っていた。
安形さんは兄が入社した事によりスケジュール管理が簡単になったため、僕のサポートも継続してお願いしている。以前、フェロモンに反応してからは僕の行動は少しだけ制限が厳しくなった。
〈万が一〉は起こりうる現実だからだ。
と言っても、あれ以来特定のフェロモンに反応する事なく過ごしている。
賢志は彼女さんがまだまだ勉強したい事があると院に進んだため遠距離恋愛が続いている。
そろそろ就活を始める学生も出てくるため進路についても悩んでいるようだけど、その辺は〈自分〉で考えて〈自分〉で道を選んで欲しいと言われたそうだ。
〈一緒〉に何かしたいタイプの賢志には納得できない部分もあるようだけど、それでも別れるという選択肢はないと言う。
そこまで考え方が違うと一緒にいて疲れないのかと思うけど、それはそれで気楽で良いらしい。
僕にはよくわからない。
胡桃はパートナーの彼と海外に行ってしまった。
家事スキルを上げるのが楽しくなった胡桃は事あるごとに僕を誘って〈花嫁修行〉をさせようとしてたけれど、学生の僕はなかなか予定が合わず数回料理教室に付き合っただけだった。
あちらでの生活は思いの外楽しいらしく「いつでも遊びに来てね」と連絡を取る度に言われる。
楓さんは相変わらずで仕事をしつつ、社交も楽しんでいる。パートナーさんとの関係も良好で社交の場では「そろそろお子さんは?」と言われても相手によって態度を変え、うまく交わしている。
「まだまだやりたい事がありますから」と快活に答えたかと思えば「こればっかりは授かり物ですから…」とそっとお腹に手を当てて儚げに微笑んだり、「いつかはとは思ってるんですけどね…」と曖昧に微笑んでみたり。
よくよく考えたらセクハラに当たるのだけれど、男性Ωには言っても大丈夫という風潮があり、その様子を見る度に嫌な気持ちになる。
当の楓さんは「声をかけられるうちが華だよ」なんて言っている。
ちなみに本人が言うには子どもはまだ早い、と言うのが本音らしい。
子どもが欲しくないわけではないけれど、自分の時間や行動を制約されたくないし、パートナーさんも今のところ望んでいないと。
「きっと胡桃がすぐにお母さんになるんだろうから、そっちの方が楽しみだよ」
と言い、最近は子供服やベビー用品を扱う算段もしているらしい。
周りがそれぞれの道を模索する中、僕だけが宙ぶらりんだ。
楓さんに言われたファブリックのプロデュースに興味がないわけじゃない。
以前に比べ、寝具への拘りはますます強くなり既成のものでは納得できない部分もある。
ならば…とも思わないでもないけど後一歩を踏み出せない。
正直なところ何から手をつければ良いのかがわからないのだ。
色々と調べてみても〈生地を持ち込んでオリジナルのファブリックを作成する〉となるとまず〈生地〉が必要となる。では〈生地〉を手に入れるのは…と延々と続いて行く。
興味がないわけではないけれど僕がどこまで出来るのかが1番重要で、じゃあ僕はどこまで動く事が許されるのか、と考えると面倒になってしまう。
僕はまだ模索しているのだ…。
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