胸の高鳴り

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胸の高鳴り

 その日は朝からソワソワしていた。  静流君から念の為に抑制剤は飲んでおくように、と言われて昨夜から飲んでいる。出かける前にもう一度飲むつもりだ。  自分でも予備の薬は持ち歩いているけれど、安形さんにも持っておくようお願いしてあるとも告げられた。  相変わらず過保護だ…。  わざとらしいかとも思ったものの、わざわざ入れ替えるのも面倒だと自分に言い訳をしてトートバッグに外出に必要なものを入れていく。財布にハンカチにスマホに…。  多少バックが大きい気もするけれど、読みかけの本を入れてそれを誤魔化す。  ソワソワしている僕を見て賢志は呆れ顔だ。 「光流さん、そろそろ出ますか?」  時計を見ながら安形さんが声をかけてくれる。約束の時間まであと1時間余り。移動時間を考えればちょうどいい頃合いだろう。 「賢志は出れる?」  声をかけると大丈夫だと答えがくる。賢志は僕と違い身軽で、小さなボディバッグを身につけているだけだ。  抑制剤を取り出し、トートバッグからペットボトルの水を取り出して流し込む。キッチンまで行くのが面倒で横着をしてしまう。 「行ってきます」  キッチンにいるはずの向井さんに声をかけて家を出る。この時間だと母の部屋に行っているかもしれないけれど、声をかけるのは習慣になっているため返事がなくても気にしない。  車の中でも落ち着かず、ついソワソワしてしまう。スマホを取り出したり、本を取り出したり…。 「車内で本読むと酔いますよ?」  安形さんにまで呆れられてしまった…。  車は渋滞にはまることもなく目的地に近づく。大学には駐車場がないため予め教えてもらってあった有料パーキングに車を停めた。  うちの学校も申請が通らないと学内まで車で通学できないけれど、どこの学校も同じようなものらしい。 「ちょうどいい時間だな」  学内の地図を確認しながら賢志が言う。  賢志と僕が前を歩き、安形さんは後ろからついてくる格好だ。  学内はとにかく広い。地図をもらっていなければ辿り着くことができないのではないかと思う程だ。  自分の通う学校とは雰囲気が違い面白い。 「ここかな?」  話しながら歩くうちに一棟の建物に辿り着く。思ったよりも校門近くにあったその建物は、1階が食堂になっているようだ。  中に入り見回すと同じようにこちらを見ている彼女を見つけた。 「賢志さん、こっちです」  あえてのことだろう、僕の名前ではなく賢志を呼び合図をする。賢志がそれに答えそちらに向かう。  いよいよ彼に会える。  僕は胸の高鳴りを抑えることができなかった。
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