1078人が本棚に入れています
本棚に追加
静かな出会い
それは、静かな出会いだった。
彼女に導かれ僕たちは席に着く。
席にはまだ彼女しかいない。
「先に研究室に顔を出してから来るそうです」
怪訝そうな顔をしてしまったのだろう、彼女が教えてくれた。
「今日はありがとうございます」
先ずは、と思い彼女にお礼を言う。
「遅くなっちゃいましたけどね」
それを受けて彼女が遠い目をした。
彼に会うために彼女が奮闘していたことは、他の学生からも聞いていた。本当にありとあらゆるツテを使ってくれたようだ。
顔を合わせた時に「無理なら大丈夫だから」と告げたところ「私も会いたいし、これはもう私の意地です」と言われてしまった事もある。
「彼、修士課程の学生だったんですけど今年1年は本当にフィールドワーク中心だったみたいですよ。
全国の工房を回ってるみたいです」
そう言って教えてくれる。どのツテでどう辿り着いたのか、自分でももうわからないけど一昨日の夜に突然連絡が来たのだと興奮気味だ。元々、彼女は〈友達〉が多いタイプらしく「会ってもらえるようなら私の連絡先は勝手に教えて良いから」と一言添えて人探しをしたらしい。それだけ連絡先を知っている相手がいると言うことで、スマホの連絡先の〈友達〉が両手足の指で事足りる僕には脅威でしかない。…友達と知り合いは違うよね?
「永井さん?」
静かな声で呼ばれて彼女が顔を上げる。そう言えば彼女は永井さんだった。普段から人と交流を持たないせいで名前を覚えていても呼ぶことが少ない。身内と特定の友人以外との交流はあまり良い顔をされないので人見知りと思われがちだ。
まぁ、人見知りだけど…。
「そうです。
紬さんですか?」
彼女、永井さんの言葉に〈紬〉と呼ばれた彼が頷く。
背が高く、少し長めの前髪が目にかかって邪魔そうだ。デニムのツナギ?ジャンプスーツ?を着てその上からジャンバーを羽織っている。
「えっと、作品が見たいんだよね?」
呼ばれて来てみれば思った以上の人数で待ち構えている僕たちに驚いたのだろう。大きな紙袋を手に持ちどうしたものかと考えているようだ。
「はい。よろしくお願いします。一緒にいるのは友人です。
他校ですが紬さんの作品を気に入って、機会があれば是非と言われていたので」
「そう、思ったより人が多くて驚いたけど、そう言う理由なら了解しました。
じゃ、時間がないから見てもらおうかな」
そう言って紙袋の中を出していく。
中から出てきたのはトートバッグとストールで、その色とりどりの作品に目が奪われる。
「そのバックもボクが染めたやつだよね?」
作品に目を奪われていた僕に突然、紬が話しかけた。
「そうです」
「学祭?」
「いえ、永井さんから…」
緊張しすぎて上手く話せない。
「サロンって、わかりますか?」
僕が困っているのに気付いたのだろう、賢志が助け舟を出してくれる。
永井さんと安形さんは作品に興奮気味だ。
「サロンって、ああ、他校との交流をってやつか?」
「そうです。
永井さんはそこに参加していてこの時にあなたの作品を持ってきていたんです。その時に彼が気に入って、すぐに売り切れるほどのストールが見てみたいと言う話になって、それで今日誘ってもらいました」
賢志が淀みなく答える。
こんな時にすぐに対応できる賢志が羨ましい…。
「そっか。
ストール、欲しいの?」
「欲しいです!」
食い気味に答えてしまう。
「選ばないと女子が盛り上がってるよ?」
紬が面白そうに指差した先にはストールを持って盛り上がる女子が2人。
僕は急いでその輪に入るのだった。
最初のコメントを投稿しよう!