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染色と染織
ストールは数本あって女性陣は赤みの強い色を手にしている。季節柄温かみのある色に惹かれるのだろう。
安形さんが手にしている淡い色合いのストールは、きっと自分用ではない。同系色のトートバッグも確保しているようだ。
永井さんはトートバッグはいくつか持っているので今回はストールメインのようだ。
僕はストールの中から今持っているトートバッグと似た色を見つけ、それを手にする。
「海松色?」
ストールを見ていると声をかけられた。紬さんだ。
「みるいろ。山桃の幹で染めるとそうなるんだ」
染料を教えてくれる。
「基本、草木染だからくすんだ色が多い」
そう言って他のストールも手に取る。
「染め上げてすぐと、乾いてからだと違う色もあるし。基本、色が薄くなると思った方がいい。海松色はその中でも褪色しにくいかな?
これなんかは乾いてからまた染め直してる」
そう言って見せてくれたのは鮮やかな赤色。
「楓色?」
「残念。これは茜染。
根から染めるんだ。
楓で染めると萱色と言って、赤みがかったくすんだ黄色かな?」
思った以上に饒舌だ。
「フィールドワークって、何してるんですか?」
「山で木を切るって言えばその木をもらいに行ったり、染色工房で働かせてもらったり。
山に入る時もあるけど染料にするほどの量は勝手に持ってきたら犯罪だからね。
気になった時は山の持ち主調べる時もあるよ」
サラリと変な事を言う。
「明日からは?」
「染織工房。今回は糸から」
そう言われて首を傾げる。
染色と糸、どう言う意味だろう?
「あ、そうか」
そう言うと自分のバックからノートを取り出し何かを書く。紬さんのバックもきっと自分で染めたものなのだろう。
染色
染織
ノートには二つの言葉が書かれている。
「こっちは布を染める方ね。ボクが学祭に出したのはこっち。既成のものを染めるのもこっちの染色」
そう言って〈染色〉を指す。
「で、こっちは糸から染める事を指すんだけど〈しょく〉が違うでしょ?
耳で聞くだけだとわかりにくいけどね」
そう言って笑う。
「じゃあ明日からは糸を?」
「そう。
ただ、糸までは自分で加工できないからね。
とりあえずは体験が目的」
「興味ある?」
「ですね。
僕はどちらかと言うと肌触り重視ですけど色も肌触りも好みにできたら良いですよね」
思わず願望を伝えてしまう。楓さんから言われていたことも頭をよぎった。
紬さんは少し何かを考えると先ほどのノートの余白に何かを書く。
「これ、ボクの連絡先。
今日は時間ないけどよかったらまた話がしたい。気が向いたらで良いから」
そう言ってそのページを破ると僕に渡し、返事を聞くことなく女性陣の元に行く。
「決まった?」
穏やかな調子で話しかけ、あっという間に商談をまとめる。と言っても学祭の時と同じ値段でいいとの事で、予定よりもかなり安く譲ってもらえた。
「学祭価格だと安すぎないですか?」
と永井さんが心配すると「気に入ってこうやってコンタクトを取ってくれたことが嬉しいから」と言いながら僕を見て笑う。
何かを伝えたそうなその表情が気になったものの、僕も気になったストールを数本とトートバッグを譲ってもらった。
「賢志は彼女さんにいいの?」
思い出したように聞いたものの、賢志はいらないと答えただけだった。
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