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余韻
「じゃ、ボクは明日からの用意もあるから」
紬さんは引き取り手のなかった作品を紙袋に戻すとそう言って帰って行った。最後に僕を見て「またね」と声をかけてくれたけれど〈また〉があるのだろうか?
その可能性を考えると少し嬉しくなる。
紬さんが帰ったあと永井さんとも挨拶を交わし、コインパーキングに向かうことにする。
安形さんは帰り際に「よろしければお受け取りください」と永井さんに小さな紙袋を渡していた。あれは確か、胡桃とのお茶会で食べたことのあるクッキーの詰め合わせだ。
いつの間に用意したのかと驚かされるけれど流石敏腕秘書、抜かりが無い。
永井さんもそのクッキーを知っていたのか嬉しそうな顔をして受け取ってくれた。「じゃあ、またサロンで」と互いに声をかけ、それぞれの方向へ歩き出す。
永井さんはまだ学内で用事があるようだ。
「光流、嬉しそうだね」
何かに気付いたのか賢志にそう言われる。
「何の話してたんですか?」
永井さんと盛り上がっていたはずの安形さんからも聞かれる。
「色の話。染料のこと教えてもらった」
別に隠す事もないので素直に話す。
「何で染めるとか?
あとフィールドワークのことも聞いたよ」
紬さんと話が続いたことが意外だったのか、2人が驚いているのが面白い。
「珍しいね。
ストール見たいって言った時もそうだったけど。
そう言えば光流は何買ったの?」
「自分の分はトートバッグと同じ色のストール。
あと、〈茜色〉って言うらしいけど紅葉色のストールは楓さんに」
トートバッグから少し出して見せる。
本当に〈良い色〉だ。
「安形さんはお土産?」
「はい。日頃の感謝を込めて」
これだけで会話が成立するのが嬉しい。
「静兄、僻むよ?」
賢志がニヤニヤしているけれど、基本的に静流君は首周りがうるさくなるのを好まない。
と言いつつも、静流君の好きそうな色もキープしておいた。
「静流君が欲しがった時用にちゃんと買っておいたし」
そう言って他のストールも見せる。「何本買ったの?」と呆れられたけれど、しっかり選んだ結果がこの量だ。
その後も車までたわいもない話は続き、車内に入ると疲れが出たのか僕は少し眠ってしまった。
何か楽しい夢を見た気がしたけれど〈楽しかった〉と言う余韻だけが残された。
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