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メッセージ
その日の夜、部屋に戻ってから紬さんにメッセージを送ることにした。渡された紙には電話番号と共にメッセージアプリのIDが書かれていたためそちらにメッセージを送ることにする。
普段こういった事は静流君や賢志が対応してくれるため緊張してしまう。それこそ静流君や賢志に相談すればどうすればいいかアドバイスをくれただろうけれど、何となくそれはしたくなかった。自分の言葉でメッセージを送りたかったのだ。
〈こんばんは。
昼間お世話になった光流です。
今日はありがとうございました〉
何を書いていいのかわからず本当に挨拶とお礼だけになってしまったが…。
名前はあちらも〈紬〉とだけだったのでこちらも〈光流〉と名乗ることにした。
フルネームで書いた方がよかったのか、とか先ずは苗字だけの方が、と考えがまとまらない。
やっぱりアドバイスをもらった方が良かったかも、と思いはしたけれど悩んでいても仕方ないので送信してしまった。
指一本で繋がる世界。
画面に出る送信用のアイコンをそっと触れるだけで繋がってしまう不思議な、それでいて安易な世界。
〈既読〉が付いてもいつまで経っても返信が来ない、苦いほどに味わった経験を思い出し急いでアプリを閉じる。
見なければ相手の行動など分からない。
来ない返事を待ち侘びるのはもう懲り懲りだ。
メッセージを送ると手持ち無沙汰になってしまい、今日譲ってもらった紬さんの作品を出してみる。
紬さんの人となりはあの短時間では分からないけれど、嫌な感じはしなかった。嫌な感じどころか、好感を覚えたほどだ。
だからメッセージを送りたくなったのだけど…。
紬さんの作品は彼が言った通り、鮮やかな色使いのものは少なく、少しくすんだ色合いが多い。〈くすみカラー〉と言う言葉もあるがまさにそれだろう。
帰宅した静流君は作品に興味を示したものの、やはりストール自体に興味が無く欲しいとは言わなかった。そのかわり母や向井さんは興味津々で。ただ、好みの色ではなかったようで機会があればこんな色が欲しい、と好みの色を教え込まれた。
母は赤みがかったピンク、向井さんはオレンジと言うか橙色と言うか、元気になれそうな色が欲しいとの事で、紬さんが持ち帰った作品の中にあったような気もしたけれど〈機会〉があるかどうか分からないので曖昧な返事をしておく。
やはり彼の作品は人の目を惹く何かがあるらしい。
ストールを手に取りそっと広げてみる。
本当に匂うわけではないものの、深緑の中にいる気分になる。手にしたのが〈海松色〉という深い緑のストールだったせいなのだろうか…。
紬さんの作品はトートバッグならコットンのもの、ストールならばガーゼのものをそれぞれ既製品を購入して染め上げると言っていた。と言う事は、元は全て同じものだったはずなのにそれぞれに風合いがあり全くの別物になっている。
どのストールをどの服と合わせようか。
今の時期はウールやカシミヤのストールを使っているけれど、夏場の冷房対策にも使えるのではないか。
使い方を考えてはやっぱりあの色も欲しかった…などと考えを巡らせるのは楽しかった。
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