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〈閑話〉朝の風景2
返信を気にするのが嫌で、その日はスマホをトートバッグの中に入れてそのまま寝てしまった。
ストールの使い方をあれこれ考えるのは楽しく、気付けば1番のお気に入りの海松色のストールを握ったまま眠ってしまったらしい。
目覚めてまず入ってきたその色に驚いた。
どうしてストールを手にしたままベッドに入ったのかが分からないけれど悪い目覚めじゃない。
顔を洗い、服を着替えて食堂に行く。
父と兄は食事を済ませ、食後のコーヒーを飲んでいる。
賢志はまだなのか、もう食べたのか、姿は見えない。
母は賢志が来て以来、朝食の席には顔を出さない。
父曰く「身内といえども息子以外の男性が母の寝起きの顔を見る事は許せない」だそうで。このまま「息子にも見せたくない」と言い出しそうだ。
いい年して…と思わなくもないけれど、歳を重ねてますます仲が良いと言うのは羨ましい。
賢志も父の母に対する溺愛っぷりはよく知っているので「ですよね〜」と生ぬるい笑顔を見せていたのを思い出す。きっと叔母もそこを危惧していたのだろう。
「今日の予定は?」
向井さんがサーブしてくれた朝食を食べようとすると父に話しかけられた。
「試験前だから勉強かな?
家でもできるし、賢志が図書館に行くなら一緒に行くし」
「賢志、まだこっちに来てないよ?」
僕の言葉を受けて兄が答える。
「そうなの?珍しいね」
僕よりも遅い事はまずないのに珍しい、と思いながらも朝食を食べる。
昨日は特に変わった様子もなかったし、特に連絡もない。と考えたときに思い出した。
「静流君、賢志から何か連絡来てる?」
兄にそう聞いてみる。僕のスマホはバックに入れたままで今朝はまだ見ていない。
「特にないけど、光流は?」
スマホを確認して答えてくれた。
「僕、バックに入れたままで今朝はまだ見てない」
そう答えると意外そうな顔はされたけれど特に何も言われなかった。
「まぁ、光流に連絡取れなければオレにでも向井さんにでも連絡するだろうし。寝坊じゃない?
さて、オレはそろそろ出るよ」
そう言って静流君は席を立った。父はまだ座っている。今日は別の場所に出勤なのかもしれない。
「母さんがストールと言っていたが?」
兄がいなくなると父が口を開く。
母に何か聞いたのだろう。
「うん。
知り合いの先輩が自分で染めてるストールを譲ってもらったんだ。
昨日、母さんに見せたら違う色なら欲しいって言われた」
昨日の出来事をそのまま伝える。
「有るのか?」
「わからない。
自分の欲しい色ばかり見てて他の色、あまり気にしてなかったから」
「譲ってもらう事は?」
「あれば可能だとは思うよ。
ただ、その先輩がなかなか捕まらないからすぐには無理」
僕の言葉に少し残念そうな顔をする。
「もし、可能なら譲ってもらって欲しい。
言い値でいいから」
よほど母にプレゼントしたいらしい。
「機会があったら聞いてみます」
僕が答えると、父は満足そうな顔で「じゃあ、行ってくるよ」と出かけて行った。
僕は紬さんに連絡をする用事ができたことを嬉しく思いながらも、スマホを見るのが怖くてなかなか部屋に戻れずにいた…。
ちなみに賢志はただの寝坊だったらしい。
「昨日、夜長話しすぎた」
と、朝から疲れた顔をしていた。「彼女さん?」と聞きたかったけれど下手なことを聞くとこちらのことも聞かれそうだったので返事をするだけに留めておく。
その日は賢志が外出する気がない、と言うので家で勉強することになったのだけれど…きっと賢志は二度寝したはずだ。
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