1080人が本棚に入れています
本棚に追加
出会い〈紬side〉
それは、思いもよらない出会いだった。
「永井さん?」
待ち合わせの時間を少し過ぎてしまったが、どうしてもと請われての面会だ。文句を言われる筋合いはない、そのくらいの気持ちだった。
声をかけると〈永井さん〉らしい女の子の他にも反応をする人間がいて正直面倒だと思った。
自分の染めた作品を譲って欲しいと言われる事は時々あるが、ここまでしつこい相手も珍しかった。とにかく〈会いたいって子が〉と連絡が有る。俺の知り合いに手当たり次第コンタクトを取っているらしく、知らないふりをしても次から次へと連絡が入るのだ。
面倒になって〈この日なら〉とあえて翌日を指定したところあっさりOKが出てこちらが面食らった。
試験前なのに余裕なのか?
とりあえず、作品を譲る事は問題ないので適当に紙袋に入れて車に積んでおく。研究室に顔を出したらそのまま次のフィールドワーク先に向かう予定だ。
と、そんな心情で学食に来た俺は〈永井さん〉と一緒にいた中の1人に目を奪われた。
今時、一度も染めたことのなさそうな黒い髪に黒い瞳。色が白く水墨画のような静かな佇まいなのに、その唇だけが赤く主張している。
「そうです。紬さんですか?」
そう言われてとりあえず頷くが、目は1人の人物から外すことができない。隣に立つ女性が俺を警戒していることに気づき、とりあえず話を進めることにする。
彼女は多分、αだ。
「えっと、作品を見たいんだよね?」
「はい。よろしくお願いします。一緒にいるのは友人です。
他校ですが紬さんの作品を気に入って、機会があれば是非と言われていたので」
俺の戸惑いを感じ取ったのか〈永井さん〉が補足してくれる。
「そう、思ったより人が多くて驚いたけど、そう言う理由なら了解しました。
じゃ、時間がないから見てもらおうかな」
言いながら机の上に作品を並べて行く。
相手の好みがわからないため、色の系統が被りすぎないように色々と持ってきたせいか机の上はなかなかのカオスだ…。
そんな時、ふと見た先にいた彼の持ったトートバッグを見て気付く。
俺の作品だ。
それに気づいた時に腹の底から何かが湧き上がる感覚があった。
それは、歓喜と高揚。
今ならそう思えるが、その時はよくわからないまま彼に声をかける。
「そのバックもボクが染めたやつだよね?」
初めての会話なのに気の利いたことひとつ言えず、ストレートに聞いてしまった。
「そうです」
「学祭?」
「いえ、永井さんから…」
単純に〈そうなのか〉と嬉しくなった。
何か言わないと、そう思い言葉を探す。
「サロンってわかりますか?」
言葉を探している最中に邪魔をされた。
番犬のように彼にくっついている男が声をかけてきたのだ。
面白くない…。
〈永井さん〉とストールを選んでいる女性αも自分への警戒は解いていない。
俺は彼と話したいだけなのに、と思いつつ今後のためにも好青年を演じ続けることを選んだ。
最初のコメントを投稿しよう!