妄想男子〈紬side〉

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妄想男子〈紬side〉

 タイマーの音で目覚めて身体を起こす。  シートを寝かしていたとはいえ身体に痛みがあるので軽くほぐすように動かす。  電気毛布のおかげで寒くはなかったが、車を動かす前に暖気しておいた方がいいのでエンジンをかける。  時間は午前2時を少し過ぎたところだ。この時間、道が混む心配もないためしっかり目が覚めたら出発だ。  少し期待してスマホを開いてみるが、彼からの返信はない、どころか既読もついていないことに気づく。正直凹むが…まぁ、恋愛なんて実際はこんなものだ。  車の暖気は必要だが、あまり長いと周囲の迷惑になりかねない。  温かいコーヒーが欲しかったが自販機よりもコンビニのコーヒーの方が飲みたくて車を動かすことにする。ファミレスは無くてもコンビニくらい途中にあるだろう。  真っ暗な中ひたすら下道を走る。凍結も心配だがスタッドレスを履いているので余程のことがなければ大丈夫だ。  対向車もほとんど無く、静かだ。  退屈しないように適当に音楽を流すが頭には入ってこない。頭の中で考えるのは彼のことばかりだった。  返信がないのは嫌われてしまったせいなのか。メッセージの内容を思い出し、嫌われるほどの要素は無かったよな?と自問自答する。いや、その前に既読付いてないし、とノリツッコミも忘れない。  頭の中で不埒なことを考えてしまったことを見透かされたのだろうか?  流石にそれはないだろう。  番犬君が何か言った?好感度を上げようと話を聞いて真摯に対応した俺に対してそれはないだろう、と番犬君に恨み言を吐いてみる。  って、番犬君に逆恨みしちゃ駄目だろう…。  色々と考えてしまう。  このまま連絡がなければ諦めるしかないのか…。  今まで生きてきて恋愛でこんなに悩んだのは初めてだ。今までに付き合った相手は数人いたし、中には男性Ωもいた。その時はどんな風に恋愛を始めたのだったか…?  思い出そうと思っても特別強い記憶は出てこない。告白したりされたり、流れでだったり、多分その時々で違ったのだろうけれど、自分の中でそれほど重要視していなかったらしい。始まりがそんなだからすぐに終わってしまう恋愛ばかりだったのだろうか?と思いつつ、付き合っている間はなるべく寄り添うようにはしていたつもりだったはずだ、と自分を肯定してみる。  ただ、優先順位としてはフィールドワークの方が優先権が高かったのは否めない。  では彼、光流と付き合ったら自分はどうするのだろうか?そう思い、もしものシチュエーションを想像してみる。  染色の話や色の話をあれだけ真剣に聞いてくれた彼だ、フィールドワークに行くなとは言わないだろう。もしかしたら一緒に行きたいと言うかもしれない。  どうしても行きたいと言えば連れて行かないこともないが、泊まり込みのフィールドワークは駄目だ。まずは近場で日帰りできるところにしないとな…。  染料を集めに山に入るのは危険を伴うこともあるからとりあえずは工房に顔を出す時に同伴してもらおうか。  妄想が止まらない。  そもそもフィールドワークに行くことを良く思わないかもしれない。 「淋しいから行かないで」  そんな風に言われてしまったら大人しく学内でできる研究に切り替えようか。  願われたらなんでも叶えてあげたい。  これはもう、重症だ。  彼に対するこれほどまでの執着がどこから来るのかわからないが、もしも自分の手の中に落ちてきたとしたら2度と手放す事はできない。  元婚約者がどんなやつだったかは知らないが、余程のアホだろう。  元婚約者という事は〈婚約者〉だった期間があったという事だ。…面白くない。  婚約期間中、彼はどんな〈婚約者〉だったのだろう?  何を話し、どう過ごしてきたのだろう?  俺の知らない彼を想像しようとしたものの、湧き上がる嫉妬心に想像を止める。  …何やってるんだか。  あまりにも考え込んでいたせいで、夜は白々と明けてきている。  …コンビニに寄るのを忘れている。  自分のアホさ加減に呆れつつ、ちょうど見えてきたコンビニに車を入れる。今までも数軒のコンビニがあったはずだが…見えてはいたはずだが気にならなかったようだ。  運転と彼のことに集中し過ぎたらしい。  糖分補給も、と思いコーヒーと甘そうな焼き菓子をひとつ購入する。  そう言えばアイコンがパンケーキだったけど甘いものが好きなのか?と、またしても彼に考えが引き摺られていく。  ここまで来ると病気かもしれない。  甘過ぎた焼き菓子を無理矢理コーヒーで流し込み再び車を出す。  目的地まであと少し。  改めて気持ちを入れかえると道程を確認する。ここからは少し複雑になるためナビをセットする。  さぁ、あと少し。  運転に集中するとしよう…。
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