僕の行先

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僕の行先

 紬さんからのメッセージを見て緩む顔はそのままに、それでも少しは勉強をしようかと勉強道具を取り出す。  と言っても静流君のおかげでテスト対策は万全だ。静流君は中学生の時からノートや過去問は必ず保管しておいて、僕のテストの時の参考にとまとめてくれてある。  公立の学校だと先生の異動が毎年あるため過去問があまり役に立たないらしいけれど、僕の通う学校は私立なので先生の異動はあまりない。と言うことはテストの傾向と対策を立てやすいのだ。  自分の復習にもなるから、とまとめられたそれに僕は助けられてばかりだが静流君の復習になっているとは思えない。ただひたすら僕に甘いのだ。  そして大学生になってからは賢志もその恩恵を受けている。と言っても賢志にはあまり必要ではないと思う。  静流君にしても賢志にしても外部を受験しても問題なく受かるくらいの学力があるのだ。それなのに2人がそうしなかったのは僕のせいでもある。  2人の人生を僕が変えてしまっているのではないか、時々胸によぎる嫌な考え。  静流君は〈αだから〉優秀なのではなく、努力の人なのを僕は知っている。もちろんαであるため秀でている部分が多分にあるのは認めるけれど、それを高めるために努力を惜しまないのだ。いくらαであっても持っているものを伸ばさなければそれまでだ。  賢志は成長が早かったためもしかしたらαかも、と期待されていたが検査の結果がβだったため周囲を驚かせたらしい。叔母はβ夫婦から生まれたんだからβに決まってるじゃない、とカラカラ笑ったそうだ。  祖父はαだったら僕の婚約者にして家族揃ってこちらに引っ越しをさせようと企んでいたらしいが…世の中なんでも思い通りになる訳ではない。  そんな2人と違い、僕は本当に普通である。  Ωにしては成績は良いものの、それは静流君のテスト対策のおかげ。それでも自分なりに真面目にやってきたと言う自負はある。自負はあっても静流君の手を借りることができるのは学生のうちだけだ。  静流君の手から離れた時、僕は何ができるのだろうか?  来年には4年。卒業した後に何がやりたいのかが見付からない。  静流君は家業を継ぐために修行中である。  静流君の毎日は忙しく、充実しているようだ。  賢志は静流君の秘書としてこちらに残るか、彼女さんのいる地元に戻るか迷っているようで、その動向は気になるものの明確な返事はまだしていないようだ。  地元に戻るならそろそろ本格的に就活をすることになるだろう。  では僕は?  以前は〈自分のパートナーを支えるため〉と言う目標があった。具体的な目標があったからこそ何をやるべきか考えることができた。  ならば具体的な目標が無くなった今、自分がどうしたいのか。  流されるままに生きてきた罰なのだろうか、僕は〈自分で〉考えることが得意ではない。  敷かれたレールの上を外れず進んでいくことは出来ていたのに、それなのにレールがなくなった途端に脱線してしまった。  そして脱線したままレールに戻ることを拒否しているのだ。  楓さんに言われたこと。  ファブリックのプロデュースに興味はあるけれど、人に向けてではなく自分のためにしたいだけ。  自分好みの色で、自分好みの肌触り。ただただ、自分だけのために作ってみたいと言う気持ちはある。  でもそれでは仕事にはならない。仕事としてやるからには〈ちゃんと〉やりたいと思っていても、Ωという性がそれに歯止めをかける。  なんの心配もなく、自由に行動したい。  なんの制約も受けず、ただただ自分の気持ちに忠実でありたい。そう考えた時に紬さんを思い浮かべてしまった。  大学院生である彼は学内で過ごすよりもフィールドワークに出かけている方が多いらしい。  昨日もあの時間だけ空いていたらしく、譲ってもらう算段がついたら直ぐに帰ってしまった。  そういえばあの時の「またね」はいつまで有効なのだろう?  普通に考えて、社交辞令だったのだろうか?  先ほどのメッセージを思い出すとどうやら車での移動だったようだ。  夜の間、ずっと運転していたのだろうか?  体調は大丈夫なのだろうか?  余計なお世話なのに心配になってしまう。  自分に経験のない体験だから想像がつかない分、心配が募る。 〈OK〉  と送られてきたスタンプを見るとついつい笑みが溢れる。    紬さんはどうして染色の道を選んだのだろう。何かきっかけがあったのか。その道を選ぶことに障害はなかったのか。  今まで自分の周りにいた人とはあまりに違う境遇に興味は尽きない。 「〈また〉があると良いな…。」  メッセージを指でなぞり、そっと呟いた。
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