下世話な話と恋心

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下世話な話と恋心

 検索は思いのほか難しく、目当てのものを見つけるのに苦戦してばかりだった。  レポートを書くのにパソコンを使うし、知りたい事を検索したりも出来る。  ただ、商品を検索するのが苦手なのだ、きっと。  検索からじゃなくてまずはショッピングアプリを入れた方がいいと言われてインストールする。どんな商品が欲しいか探すだけなら登録はいらないと言われたためさっそく検索してみた。 〈ガーゼ 寝具〉と入れて探して見ると色々と出てくるものの、中にはガーゼでも寝具でもないものまで出てきてしまう。  検索条件に〈カバー〉と足したり〈セット〉と足したり色々と試してみる。結局沢山ありすぎて訳がわからなくなってしまった…。  詳細検索で選択をして探してみても〈該当する商品がありません〉と出てきたりして賢志に笑われる。 「もっと簡単なものからにしてみたら?例えばさ」  言いながら〈ガーゼ パジャマ〉と入れて検索をかける。 「カバーとかより選びやすいと思うよ」  そう言ってスマホを渡される。  確かにわかりやすい。  それならと思い〈アロマオイル〉と入れたらまた大量に出てきてしまう。  でも、今度の場合はお試しセットだったり、知らないオイルだったりが出てきて見ていて楽しくなる。 「これってさ、買いたい時はどうするの?」 「その時はアカウント作らないとね。  静兄、登録してないかな?  特典とか有るから何頼んだのか知られたくなければ自分で作ったほうがいいけど、そうじゃないなら欲しいもの伝えて買ってもらったほうがいい時もあるし。  静兄が登録してなければ俺が買ってもいいし」  そう言って会員特典とか、買い周りとか、色々教えてくれたけれどよくわからない事が多かった…。 「こればっかりはね、慣れもあるから」  と賢志に慰められたけれど…ネット通販は奥が深い。  さっそく静流君に相談してみよう。  話をしながら、スマホを触りながら時間が過ぎていく。  こんな風に特別やることもなく人と過ごすのは珍しく、何もしてないのに楽しくなってくる。 「友達と遊ぶのってさ、こんな感じ?」  無意識に出た言葉。そう言えばあまり友達と遊んだ記憶がない。  1番に思いつく友達といえば胡桃だけど、胡桃とは互いの家を行き来してお茶を飲みながら何かをするという事が多かった。  こんな風に目的もなく人と過ごすなんて、考えてみたらなかった気がする。 「…光流さ、護兄と付き合ってた時にどんな風に過ごしてたの?  部屋に来ることくらいあったよね?」  賢志の言葉に考え込んでしまう。  小学生の頃は静流君と護君が勉強してる横で本を読んだりしていたけれど、婚約者となってからは〈節度あるお付き合い〉と言われ自室で会っていても緊張していたような気がする…。 「お茶飲みながら話したり、宿題教えてもらったり?」 「まぁ、そうだよね。  う〜ん…。  男ばっかで集まるとさ、どうしても下世話な話になるんだけど…する事はしてた?」  そう言われて何のことかと少し悩むが、思い至った時に〈これが男同士の会話なのか!〉と少し感動してしまう自分がおかしかった。 「する事はね、してない。  する前に駄目になった」  正直に伝える。 「賢志も僕のヒートの事知ってるでしょ?  Ωなのに〈性衝動〉が無いんだよね。  唯一が前のシナモンの時。  護君とはキスくらいはしたよ?でも初めてのヒートの時に向こうは受験生だったからとりあえず抑制剤飲んで過ごしたんだ。  そしたら思いの外軽いって言うか…思った以上に軽くって。  寝てれば治るからそれで良いと思っちゃったんだよね。  下手に一緒に過ごして毎回拘束する事になったら受験の邪魔になるって思ったんだ。  その時に静流君や主治医の先生に〈αの執着〉をちゃんと理解したほうがいいって言われたんだけどね。ちゃんと話し合ってどうするか決めたんだけど…結局、護君は近くにいたΩの方が良かったみたい。  …護君だけが悪いんじゃないんだよ。  僕も、自分のことばかりで護君を蔑ろにしてたんだと思う」  男同士の下世話な話だったら、こんな話でも大丈夫だよね?そう思いつつ素直に話してみた。賢志は顔がちょっと怖い。 「でもさ、それって光流悪くなくない?」 〈悪くなくない〉とは…悪いのか?悪くないのか?! 「だってさ、同意の上でしなかったんだろ?  それでもしたければ他のΩとする前に光流に〈したい〉って言えばよかったんじゃん?」 〈下世話〉な事を言いながら賢志が怒り続ける。 「大体さ、受け身の方から〈したい〉なんてなかなか言えないんじゃない?  αとかβとかΩとか関係なくてさ。したいんなら、そこはちゃんとリードしてその気にさせないと」  賢志の持論だろうか?  それとも一般論なのだろうか? 「光流のその気持ちはちゃんと伝えてあったんだよね?」  そう言われて頷く。  その事についてはちゃんと話し合って決めた事だ。 「お互いに納得したくせに、したいからって他に手を出したって。  挙句に番になったの隠して別れたいって…護兄にも言い分はあるかもしれないけど、普通に考えたら浮気してそれを隠して相手に乗り換えるとか、最低だから」  賢志が怖い。  護君の浮気は〈したい〉からだったのか?!  賢志、下世話すぎないか?! 「あ〜、もう。クソっ」  何だか悔しそうに貧乏ゆすりを始める。 「俺は詳しいこととかちゃんと聞かないままだったから、それでも護兄だけを責めるのはって思ってたけど…。  最低だな」  うん、完全に怒ってる。 「光流は護兄にちゃんと怒ってないんだろ?  だから引き摺るんだよ。  今更だけど、自分が悪かったとか、あの時こうしてればとか…考えなくていいよ?  光流は光流の出来ることを頑張ったんだし、ちゃんと気持ちを伝えてたんだろ?  それなのに浮気して、挙句に嘘ついて別れようとするって…αとかΩとか以前に〈人として〉間違ってるんだからね。  聞いてる限り向こうは光流と向き合わずに逃げたんだろ?  初めての相手に夢中になるのはわかるけど、そもそも婚約者がいたんだし。  うん、擁護できないね」  怒りのまま話した賢志の言葉がくすぐったかった。こんな真っ直ぐな肯定、嬉しくないわけがない。 「賢志、なんかありがとね」  思わず出た言葉。  護君の事、賢志だって慕ってたのに僕の味方になってくれてありがとう。  素直な気持ちで怒ってくれてありがとう。  そのあと、賢志の〈下世話な話〉でカルチャーショックを覚えた僕は、僕の中に生まれた恋心はまだまだ恋愛の〈れ〉の字にやっと足を踏み入れたくらいだと自覚するのだった…。
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