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最後の着陸
空気の澄んだ深青の空に覆われた山脈の嶺に、雲海が漂う。
山麓の草原で小枝を手にした子供達が遊んでいると、ゴウンゴウンとどこからともなく低く唸る音が聞こえてきた。
子供達が空を見上げると、楕円体が雲の隙間からぬーっと頭を出す情景が浮かんでいた。
水飛沫を上げるように雲を散らして楕円体が全貌を現すと、それはまるで白鯨のように大きく、後部にある煙突から白煙を吹き出していた。
「あ、紙飛行船だ」
子供達が指さしながら走る様子を、紙飛行船のゴンドラで操縦する船長はにこやかな表情で見下ろしていた。
「タイバス船長、もうすぐ国境線を越えます」
船員の掛け声に合わせ、船長は蒸気機関のレバーを引いて汽笛を鳴らす。
ピィーという甲高い音がこだますると、地上にそびえ立つ監視塔からカンカンという越境許可の合図が返された。
国境を越えると、広大な森林地帯の上を泳ぐように紙飛行船は進む。太陽の光が深緑の絨毯に、ゆらゆらと揺れる紙飛行船の影を落とした。
紙飛行船に乗り合わせた乗客達は、ゴンドラの窓から見える雄大な景色に嘆声を漏らしていた。
まもなくすると、前方に開けた平地が広がり、木の柵に覆われた楕円形の敷地が見えてきた——紙飛行船の飛行場だ。
飛行場には大きな十字が描かれており、そのすぐ横に少女の立つ姿が小さく見えた。
紙飛行船が十字の真上に到達すると、ゴンドラからスルスルとロープが下りてきて、少女はそのロープを掴むと、係船用の杭に巻きつけた。
紙飛行船がゆっくりと降下し、ゴンドラの着陸脚が接地すると、まもなくして乗降扉が開かれた。
少女が乗降扉の前に舷梯を固定すると、乗客達は階段を下り始め、大地に足をつけるとうーんと背を伸ばした。
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