桜を嫌いな理由

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 春になると思い出すことがある。満開の桜、花の香り、夜風、摩天楼。淀屋橋の橋の上ですれ違う、入社式の帰りの新入社員。  無職の私は橋の上で泣いた。ハンカチで涙を拭きたかったけど、ポケットにハンカチは入っていなかった。どこかでハンカチを落としてしまったみたいだ。お気に入りのハンカチだったのに。私は涙を拭くことができなかった。  去年の4月1日、転職活動に失敗した私は、無職になり、面接に明け暮れていた。退屈だけど安定した職を捨てて意気込んで転職したのに、転職先を試用期間中に辞めてしまった。本来なら試用期間が終わり、4月から社員になるはずだったのに。何でこんなことになったんだ。アラサー、無職、彼氏なし。私は絶望していた。    そして現在。無職から抜け出した私は、オフィスの内装を手がける会社で働いている。私にとっては畑違いの業界で、全然分からないことだらけ。  だけどオフィスビルの何もないぶち抜きのワンフロアが少しずつ、働く場所になっていくのを見るのはとても感慨深い。最初は図面だけの、紙の上だけのオフィスが少しずつ現実になっていく。  「会社って一日8時間位いる。だから少しでも居心地よくしたいんだ。それが俺たちの役目だよ」係長は言う。不器用で優しくて、たまにこだわりすぎて、お人好しで、仕事を押し付けられている。でも、とても大切なことを教えてもらった。仕事とは、会社とは、働くとは。  仕事なんてつまらないものだと思っていた。時間が過ぎるのを待って・・・ただ言われたことをこなして。この仕事をするまでの私は、自分が何をやっているかなんて、真剣に考えたこともなかった。  関係各社との打ち合わせ、職人気質の人々との衝突。間に合わない納期、決まらないプラン、図面と現実のサイズがずれている。意地悪な上司、つまらない派閥争い、毎日いろんなトラブルが起こる。どうしようもない。  見た目はチャラ男だけど意外と熱い先輩と、おしゃれすぎるデザイナー、私と年が近い事務員さん、姉御気質な経理。ベタだけど、私たちは力を合わせて対抗していく。この私が、仕事仲間と仲良くなれるなんて思ってもみなかった。  桜が咲く頃は忙しすぎて係長他みんなの機嫌が悪い。係長は本日も大忙しだ。  残業終わりの私は駅に向かって、淀屋橋の橋の上を歩く。オフィスビル群の灯りが輝いている。灯りの数だけオフィスがある。どこかの会社の新入社員とすれ違う。いつかの無職の私の、どうしようもない気持ちを思い出す。それが、桜を嫌いな理由。
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