最後の私

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 私の、「私」たちのオリジナルである祝田優雨子(ゆうこ)技師は、人類が冷凍睡眠に入ろうというその時に起こったAIの不具合によって、ひとりだけ取り残された。初めは不具合の原因を突き止めて、彼女もすぐに冷凍睡眠に入るつもりだった。けれど、原因は全くわからなかった。あれから三世紀も経った今となっては、その解明はもはや不可能だろう。最も有力な説は、人類の冷凍睡眠に異議を唱えたい何者かによるウィルス攻撃だったとするものだが、それを議論しても、もう仕方ない。  そういうわけで、祝田技師はAIによる管理を実行できず、冷凍睡眠に入ることもできなくなった。他の国や地域の施設にも緊急連絡をした記録が残っているけれども、それすら成功しなかった。施設にウィルスを仕込んだ何者かは、かなり性格が悪かったらしい。祝田技師は、街ひとつ分ほどの巨大施設を、たったひとりで管理しなくてはいけなくなった。  私は毎朝こうして巡回し、祝田技師が定めたルーティンをこなしている。この施設にはもう、私以外、誰も動くものはいない。そんな生活をしていると、ガラスケースの中にいる人々に、無性に話しかけたくなる時がある。  どんな夢を見ているの? それとも、夢は見ないの? あなたはどんな人生を歩んでいたの? どんな人生を歩みたいと思っていたの?  ガラスケースの中から答えは返ってこない。「私」たちが適切に管理する限りにおいては、機器類は正しく作動する。冷凍睡眠が不具合によって解除されるということは、何事もなく行けば、少なくともあと一世紀ほどはないだろう。  毎度のように虚しくなって、私は再び歩き出す。頑丈な窓から外を眺めつつ、長い長い散歩をする。その間、さまざまなことを考える。どうしようもないこと、どうにかできそうなこと、今日の予定、明日の予定、祝田技師のこと。  祝田技師にも、夢があった。けれどそれは、叶わないまま終わった。
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