最後の私

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「昔はもっと資源があって、たくさんの人がインターネットや機械を自由に使っていたって、本当?」  私が尋ねると、父は大きく頷いた。分厚いメガネ越しの、優しい目が微笑む。 「そうだよ、優雨子。小学校でもタブレットを使った授業が行われていたんだ。今ほど機械部品が高級品ではなかったからできたことだ」 「すごいね! お父さんの使ってるタブレットだって、会社から支給されてるから使えてるんでしょ」  小さな庭から木漏れ日が差す父の書斎で、幼い日の私と父はよくおしゃべりをした。本棚にはたくさんの本が並んでいて、私はそこから好きに取り出して読みふけっては、父が生まれるよりもっと昔の地球の文化について語り合ったものだ。  エネルギー資源が枯渇しかけている現代では考えられないほど普及していた、数多のテクノロジー。今ではごく限られた人々にしか、その恩恵は与えられていない。  エネルギー関連の仕事についていた父はよく、私にそういう機械類を触らせてくれた。タブレットやスマートウォッチ、スマートゴーグルなどの、子供には魔法としか思えないようなものを。 「優雨子も、お父さんみたいな仕事についたら、自由に機械を使える?」 「うん、使えるよ。今は技術者も少ないからね、きっと重宝されるさ」  だから頑張って勉強するんだぞ、という言葉が、いつもセットでついてきた。だから頑張って勉強して、技術を身につけた。それなのに世界は、この時代での人類文明はもう終わりだと発表したのだ。  ゆりかご計画、と呼ばれるそれの構想が初めて明らかにされたのは、私が技師として働き始めてすぐのことだった。その頃には地球温暖化は目に見えて明らかで、毎年どんどんと気温が上がり、海面は上昇し、食糧難が深刻になっていた。子供の頃に思い描いていたようなユートピアには、たどり着けそうになかった。だから私は、夢をすり替えるしかなかった。 「祝田先輩。この間のインタビュー記事、拝読しましたよ。『私の夢は、再び目覚めた後、かつて人類が謳歌していた機械文明を再構築し、そこで生きることだ』……素敵な言葉です。尊敬します」  後輩はそんなことを言ってくれたが、本当のところは不本意な夢だった。そもそも、人類がこの後本当に目覚めることができるかもわからないのに。けれど周りの人々は、私のその言葉を素晴らしいと言った。応援すると言った。父さえも。  ひょっとすると、みんな、私と同じだったのかもしれない。地球環境が再び人類文明に適するものに回復できるのか、不安だったのかもしれない。私と同じ夢を抱くことで、その不安を和らげたかっただけなのかもしれない。  不本意であっても、夢は夢だ。ゆりかご計画の技術責任者に任命された私は、それからはひたすら、計画成功のために仕事に没頭した。少なくともそうしている間は、不透明な未来への不安を感じることもなかった。
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