最後の私

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 私は広すぎる施設内を隈なく歩き、眠っている人々のデータを管理し、それでも一応、諦めずにAIの復旧を毎日試みた。けれど、復旧はおろか、不具合の原因さえ見つけることができなかった。これでは、みんなと同じように眠りにつくことはできない。あの時、私の腕を引いてくれた彼女の頬につたっていた涙が乾いていくのを見ながら、よほど、睡眠の解除をしてしまおうかと思った。ほとんど衝動的に、ケースの蓋に手をかけたこともある。  でも、できなかった。  これは人類の悲願だったのだから。  何度も泣き明かして、頭がおかしくなるんじゃないかと思うような日々を過ごして、もしかしたらこれは悪夢なのかもしれないなんてことを思ったりもした。けれど、これは現実だった。世界のどこにも連絡はつかない。ゆりかご計画の順番としてはこの施設が最後だったから、きっと既に、他の施設では全員が眠りについているのだろう。  私ひとりで、この施設の管理をしなくてはならない。  その結論をいやでも飲み込まなくてはいけないのだと悟った時、私を襲った絶望感を、私以外の誰がわかってくれるだろうか。  ひとりきりで施設の内外を歩き回り、何日も何日も考えた。このままでは、何世紀も先、人類が再び文明を構築できるようになる時代まで見据えて建てられた計画が、水の泡だ。私が死んだら、それで終わってしまう。それだけは避けたかった。なんとしてでも。  考えられるのは、他の技術者を起こして後を託し、何年か毎に交代で管理につくこと。これなら、私ひとりで全てを行う必要はなくなる。冷凍睡眠の間は歳を取らないのだから、何名かずつ交代で行えば、少なくとも数百年間ほどはなんとかなるだろう。  けれど、それはしたくなかった。  合理的に考えればそれが一番なのかもしれない。でも、彼女たちの願いはどうなる。今起こして交代で管理するとなれば、途中でそれを止めることはできなくなる。他のメンバーが許しても、きっと本人が自分を許せないだろう。AIの復旧ができず、地球環境の改善がまだまだ先のことである以上、これは終わりの見えない仕事だ。そんなことに、私の大切な仲間を巻き込みたくはなかった。こんな、未来に圧倒されるばかりの日々を、過ごしてほしくない。いつか必ず来るだろう約束された未来を夢見ながら、このまま眠っていてほしい。  そんなことをぐるぐると考えながら、外をうろうろしていた時だった。かつての母校のそばを通って、不意に思い出した。  クローン開発を行なっている研究所があったことを。  そこから、研究所の探索と猛勉強が始まった。自分の専門分野を学ぶために、理系分野の基礎知識はもちろん頭に入ってはいたけれど、バイオテクノロジーは素人だ。ほとんど一からの学びだったが、これに多くの人の夢がかかっているのだと思えば、苦ではなかった。数年をかけて行われていた研究内容を理解できるようになった時には、目の前にあるガラスポッドの使い方もわかるようになっていた。つまりは、ミキサーだ。遺伝子情報と必要な材料を混ぜ合わせ、培養する。  恐る恐る起動させたポッドに、どうにか用意した材料を入れ、それから何ヶ月も見守った。知識を習得したとはいえ専門家ではない私に本当にできるのかという不安と恐れに、何度も悪夢にうなされた。これしかないのに、これができなかったら、私は一体どうしたらいいのだろう。培養液の中で、それが少しずつ人間の形になっていくのを目にしながら、精神はぐらぐらと落ち着かなかった。これが正しいのかもわからなかった。  初めての私のクローンが誕生した時、赤ん坊の姿のそれが液と共にポッドから排出された時、何を思ったのだか、自分でもわからない。ただ、混沌とする感情の中で、初めて明確な安堵を見つけたことを覚えている。そう、安堵だ。  私はもう、ひとりではない。
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