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祝田技師の思いは、「私」たちの中に確かにある。経験やそれに基づく記憶情報までは神経間のやり取りで発生するものだからどうしてもコピーはできないけれど、「私」たちはそれを、彼女が「私」たちに遺したデータや教育の中に読み取ることができる。
彼女は、人類を愛した。自分と同じ夢を抱いた彼らを、守りたいと願ったのだ。誰ひとり巻き込まずに、自分だけで……いや、自分達だけで。
それから祝田技師は、自分のクローンを量産した。と言っても材料の調達や一体が完成するまでには時間がかかるので、彼女が死ぬまでに作れた仲間は十体ほどだったはずだ。その十体ほどは、彼女から教育を受け、彼女と同程度の知識と技量を有した。そして、彼女同様、人類を愛した。
私も、そのひとりだ。
「私」たちは、祝田技師の死後もその志を受け継いで、自分達のクローンを作り続けた。医療的リソースがあまりに少ない中、病を得て亡くなっていく仲間も多かった。でも、「私」たちは諦めなかった。いつか、人類が目覚めるその時まで、彼らの夢を守る。……それが、祝田技師の、「私」たちの目的でもあったのだから。
「だけど、それももう終わりか」
自分の独り言がいやに大きく反響して、私は思わず背中を丸めた。終わり。そんなこと考えるべきではないのはわかっている。数ヶ月前に息を引き取った前の「私」からも、そう何度も言われた。
『私たちが諦めてはいけない。だってそれは、あの施設全ての人たちを諦めることになるから』
「でも、そんなこと、……あなたに私がいたから言えたことでしょう」
そばにいてほしい。誰か。前の「私」でも、その前の「私」でも、言葉を交わしたことはないけれども大好きなオリジナルの祝田技師でも、誰でもいいから。
目の前のポッドは、先週から生体反応が弱まってきている。本当なら既に産まれているはずだったのだ。それが、今週の終わりになっても、まだ出てこられないでいる。きっと、だめなのだ。機械自体も劣化してきているし、コピーにコピーを重ねた「私」たちの遺伝子情報がどこかで傷ついている可能性もある。きっとこの子も、先週の子と同じ。
タイムリミットは迫っている。今だめなら、もう本当に。
クローンを作れたとして、その教育には少なくとも十三年はかかる。しかし、私たちの寿命は長くて五十年。怪我や病気をすれば、それはもっと早まる。だから、「私」たちにとってクローン製作のリミットは三十歳時点とされる。もう、残りは一日ほどしかないのだ。
液体の中で丸まった子を、しばらく眺めて過ごした。日が暮れかかるまで待って、それから外に出た。叫び出しそうになるのをなんとか抑えながら、道路に踏み出す。
冷たい夜風を受けながら歩き出したその時、私の背中に音楽が当たった。分厚い扉に遮られ聞こえないはずのメロディ、夜明けを伝える曲、「出産」を知らせる通知音が。
顔を上げた。
宵の明星が輝いている。
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