最後の私

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 私で最後だ。  私が、「私」の、最後。  培養カプセルの中で授かったこの命は、そろそろ三十年を迎えようとしている。前の「私」は、十三年をかけて私を教育してくれた五年後、四十六歳で亡くなった。「私」たちにとっては妥当な年齢だ。いや、むしろそれまで病気にも罹らず、よく生きた方だと思う。  施設の一室、「私」たちに割り当てられた小さな個室に、眩しすぎる朝日が差し込んでくる。いつも通りアラームが鳴る五秒前に目を覚まし、私は伸びをする。もうこのまま、緩慢な滅びを待つしかないことがわかっているのに、太陽は必ず昇ってくる。時おり、どうしようもなく腹立たしくなってくるくらいに、明るく。  もう、私しか、「私」たちはいない。  毎朝、そんなことを思う。  朝のルーティンをこなすために、部屋を出る。だいぶ昔に壊れてしまった自動ドアが、これからも永遠に開きっぱなしの、空っぽの部屋を。以前は他にもたくさんいたらしい「私」たちのために使われていた、もう開かれることのないであろう多くの部屋の前を通り、永久保存食のパウチを開ける。「プリン味」なるゼリーを口に注ぎながら、壁面にも床面にも敷き詰められた、無数のガラスケースを確認して回る。無数のガラスケースの中には、無数の人間が眠っている。  冷凍睡眠(コールドスリープ)。  もう三世紀ほど以前、人類はこの超巨大施設で、一斉に眠りにつくことを選択した。そこに至るまでには数多の争いや病の流行、地球規模の災害があったと聞く。皮肉にも、そうした争いのたびに着実に進化してゆく技術の中に、冷凍睡眠があった。適用年齢は二十歳以上と制限が厳しかったが、人類がこのまま増え続けて地球環境を汚染し続けるよりは、全員が眠りについて環境がよくなるのを待つ方がという、全世界的見解だったという。  そういうわけで眠りについた人類の一員に、本来なら「私」たちのオリジナルも入っているはずだった。
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