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成長
三年近くも経てば男の子は大きく成長する。まして祐斗の生活は体力仕事が主だ。薪を割る。担ぐ。荷下ろしをし、貯蔵庫に運ぶ。狩りのために野山や川岸を飛び跳ねる。今はもう16歳。激しい運動成長にもってこいの時期だ。
あれからまず魚から始め、肉を捌くことを覚えた。初めての鹿狩りは緊張と興奮でいっぱいだった。父のセナだけがなぜか真っ青になったが、それも気が付けば元に戻っていた。セナはマデリーノを無くした鹿狩りを思い出したのだ。
「父さん、大丈夫?」
「なにが?」
「気分悪そうだった」
「なんともないさ。それより今日は皮を鞣すことを覚えるんだろ? 結構大変だぞ」
「平気!」
「祐斗も山の男になっていきそうだな」
タツキが目を細める。タツキが唯一気を緩める人間だ、大事にしているのが分かる。
「午後は鞣すだけじゃなくて解剖学を勉強させるんだ」
「教育パパにも困ったもんだ。息抜き、させてやれよ」
体も頭も伸び盛り。祐斗は今、育つのにいい環境にいるのだ。
皮は放っておけばどんどん固くなってしまうから、獲物をしとめた時に一気に皮を剥ぐ。時間との勝負だ。皮を鞣すのはなめし材を使って水分を抜いていく。そして敷物や着衣に加工して製品化し、アキラがあちこちで物々交換をしてくる。現金もふんだんに持っちゃいるが、山で暮らしている男たちが現金取引ばかりしていると、かえって目を引いてしまう。
「今日はタカは?」
そう祐斗のことを聞かれる。
「今日は釣りだよ」
「夕方は雨になるぞ。早めに切り上げるように伝えておけよ」
「分かった、ありがとう」
アキラはアキラのまま。タツキはリョウ。セナとシバは村へ出ない。住んでいるのはアキラとタカとリョウの三人ということになっている。
「女っ気がなくっちゃ暮らしも大変だろう」
よくそう聞かれるが、「タカが母親を亡くしたばかりだから今はそっとしておいてやってるんだ」、そう答えている。
勉強は厳しい。セナが手を抜かない。セナの教えているのは、主に生物学だ。文系ではない。たまに祐斗もため息をついて逃げ出したくなるが、そんな時は上手いことを言ってタツキが外に連れ出してくれる。
「なんであんな勉強が必要なのかな」
「大事なことなんだよ。特に俺たちとお前とでは体の構造や成り立ちが違う。もし一人の時にうっかりけがをしたらどうする?」
一人では出さないようにしているが、四六時中はやはり無理がある。祐斗の姿が見えなくて一時間も経つと誰かが視覚や聴覚を飛ばすが。
一度崖を滑り落ちて40分ほど苦しんだ時には祐斗もつくづくと人間でいることの不自由さを味わった。左ひざがねじれていたが、痛みで気を失うことも出来ない。
「祐斗っ、そこかっ!」
崖の上からセナが滑り降りてきた。
「と、さん、あし、」
「大丈夫だ、ほら、飲むんだ」
セナが手首を噛みちぎる。その手から流れる血を飲んで、膝の痛みはあっという間に消えた。
「どうだ?」
「こんなに痛いの、久しぶりに味わった」
自分の膝を不思議そうに眺める。父の手首もとっくに治っていた。
「山じゃ携帯なんか役に立たないしなぁ」
アキラがトランシーバーも用意したが、チャンネルを拾われると厄介だ。あくまでも非常用として使い、やはり一時間おきに意識を飛ばすことにした。
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