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一晩中プレゼントを配りまわっていたせいで、もうすっかり空が白んできている。いつの間にか降り続いていた雪もやんでいた。もう少ししたら、町の住人達が起きてきてしまう。僕は屋根の上、隣に座るモーリスに尋ねたのだった。
「どういうことなんですか、モーリス教官。僕達、世界征服のための修行をしていたんじゃないんですか?人間たちを滅ぼして、魔族の理想郷を取り戻すんでしょう?」
「そうだな。初代の魔王様は、そのつもりでおられた」
「当代の魔王様は違うと?」
「ああ」
いくら悪魔が人間より長命とはいえ、寿命はある。魔王様も何度か代替わりをしていて、今の魔王様は五代目だった。
「確かに、かつての魔族たちは、自分達を追い出した人間たちを恨んでいた。復讐し、皆殺しにして、人間界を支配しようとしていた。そのために多くの魔法を、科学技術を磨き上げ続けていたのだ。でも……」
モーリスは、どこか遠くを見るように目を細めた。
「時が経つにつれ、悪魔たちは理解し始めた。かつて戦争で人間が魔族を追い出したのは、魔族の見た目が人間と違っていて、強い魔力を持っていたがゆえ。つまり、彼らが臆病であったがゆえであるのだと。彼らはただの臆病者で、憎むに足る存在ではないと。同時に……我らがけして恐ろしい存在ではないと知らしめることができれば、人間の世界に再び魔族が住むことも不可能ではないのだと」
「じゃあ、世界征服、というのは……」
「人間の世界に巣食う悪しき風習や、欲望のままに生きる権力者を排除することはあるだろうな。しかし、罪なき庶民たちを傷つけて回るということではない。本格的な戦争などしたら、双方に数多の死人が出るだけだ。我らが支配するのは、人の命ではなく人の心。……そのためには、我々は彼らにとって“悪魔”ではなく、“正義の味方”であることを知らしめる必要があるのだ。奴らが望んで、我らを受け入れたいと考えるように。……失望したか?」
失望。何で、モーリスがそう言ったのかはわかる。確かに、僕達が信じてきた悪魔の姿とは大きく違う。にっくき人間たちとの戦争のためにこの力を使うとばかり思っていたし、まさかこの世界に伝わる“サンタクロース”の正体が自分達だなんて思ってもみなかったのだから。
でも。
僕はちゃんと、考えたことはあっただろうか。実際に戦争になったら何が起きるのかということを。
人間たちも全力で自分たちを殺そうとするだろう。悪魔の一族にも、間違いなくたくさんの犠牲が出る。そして、この地上の世界も戦火に焼かれてボロボロになってしまう。果たしてそれで、自分達が望んだ理想郷は戻ってくるものなのだろうか。
「御覧、エリオット。朝が来るよ」
「あ……」
教会の向こうに、朝日が昇っていく。同時に、町がゆっくりと目を覚まし始めた。どこかの家から、子供の歓声が聞こえる。
「ママー!サンタさんが、プレゼントくれたよお!」
その声を聴いた瞬間、胸に灯った光。僕は、それをなんと表現すればいいのかがわからない。
悪魔とは、何か。正義とは、何か。正直そんな難しいこと、今でもわかっているとは言えないけれど。
「モーリス教官」
僕はぎゅっと膝の上で拳を握って、彼に尋ねたのだった。
「僕……一人前の悪魔に、なりたいです。試験を続けていただいても、いいですか」
悪魔のたまごは夜明けを知る。
本当に朝が来たのは、僕自身の心だったのかもしれない。
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