anthology

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下克上京  青春は後になってふりかえるもの。 青春は人生の道草。 「俺、馬鹿だから、何やっても笑われるけど、いつか絶対ビッグになってやるんだ」利彦(としひこ)は言った。 「茹で卵も作れないくせに」笹子(ささこ)は笑った。 「雑誌が二日も遅れて来るなんてさ」利彦は拗ねた子供のように地面を蹴った。 「それでここに凱旋するんだ」 「帰って来ないかもな」利彦は空を見た。 「出来る気がするんだ」 「利彦はそういう奴だよ」 「お前は?」 「私は、なんだかんだ言ってここが好きなんだと思う」 利彦は横を向いた。 だって、出たことないだろ、と言いたかったんだろうと思う。 いつも、どこか怒ったような顔が、笹子は好きだった。 大好きだから、馬鹿にできないんだ。 確かに、ここは古い。本屋も一軒しかないし、街も狭いし、都会に出るには電車を乗り継がなくてはならない。 笹子は横を向いた利彦の尖った口先を見た。 懐かしい風の吹くここに笹子は惹かれていた。 不便かも知れないけど、手のかかる子供ほど可愛いと同じ様に思った。 利彦がいなくなるのは寂しい。 いつからか連れ立って歩くようになって、周りから冷やかされるようにもなった。 いつか、映画館を増設したプラネタリウムで問わず語りに聞かせてくれた事がある。 「夢なんてないよ。遠くに行かなきゃ。トーシローだもん」 周りは静かなのに利彦の一人言はもっと静かに聞こえた。 同じ宇宙を見ながら違う星を見ていたのかも知れなかった。 帰り道に初めて手をつないだ。 東京に出るには更に船に乗らなければならない。 遊び場はいつも学校だったし、高校を出たらここで働くのが決まり事みたいになってた。 大学に進学するなんてよほどの秀才だけだ。 笹子の家は堅実だったが、利彦の父親は昔、賭け事が好きだったらしい。 どこもパチンコぐらいはやっていたが、少々尾ひれが付いた利彦の父のギャンブル狂いは語り草だ。 今は真面目に働いてるが、血は水よりも濃い、か。 去年のクリスマスだった。 メタセコイアのプロムナードを歩いていた。 利彦は肩をいからせていた。 笹子は手袋の手を握りたかった。 「東京が怖いか?」 東京とクリスマスが遠く聞こえた。 「東京って?」 利彦は怒ったような顔をした。 「大学に通うの?」 無論、利彦はそんな頭ではない。 「ああ、綺麗だな」 利彦はイルミネーションを見上げて白い息を吐いた。 帰りがけに利彦の父が経営するラーメン店に寄った。 混んでいたのでカウンターに座った。 ラーメンをすすりながら、「俺、ここ出てくからよ」と言った。 聞こえてるはずなのにおじさんは何も言わなかった。 笹子は理由を聞かなかった。 理由なんてあってないようなものだから。 笹子は携帯を持たされていない。 利彦から電話がかかって来ることもなかった。 その日はたまたま一人だった。 利彦は聞きとりにくいほど取り乱していた。 怒鳴りたくなるのだと言う。 「文句ばっかり言うのは男らしくないよ」 待っていたとばかり、「だから、行くよ」と振り絞るように利彦は言った。 見送りに来た。 何故、自分の財布を持って来たのか分からなかった。 利彦は一人でいた。 誰の見送りもない。 電車を待っている間、二人とも少し離れた席で俯いていた。 伸びて重なる影。 光が軽い。 利彦が改札口に立った。 手を伸ばした。 笹子も手を伸ばした。 ひっこめた。 「私は行かない」 利彦は笹子を見ている。 「来いよ」 青春は、初めての嘘。 「聞こえなかった? 行くよ」 手を取った。 青春は自分の背中を見た過去。 青春は誰にも似つかない影。 青春は贈り物。
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