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小さきイカロス
「イージー。愛してるよ。ありがとね。イージー」
母はよくそう言っては、私の頬に自分の頬を当てて、頭を撫でた。バラ色の香りがした。
「全く狂気の沙汰だよ! また、こんなに盗ってくるなんてさ! あんた、国からお金もらってんだろ?」
ドアのすき間から覗くと、すりきれた、古いスーパーの袋を何個も下げたお母さんが頭を垂れて、大家さんに怒られていた。
髪の毛で隠れて、母の顔は見えなかった。
「お前の母さん、気狂いなんだってな」学校で、前の席の男の子が振り返って、私に言った。
「頭の病気だろ?」他の子が言った。
隣のお友達が慰めてくれた。
私は泣き出してしまった。
ある日、「保健省」と名乗る人たちが、お母さんを遠い精神病院に連れて行った。
お母さんは私には何も言わなかった。
イージーは親戚の家に預けられた。
一年が過ぎ、二年が過ぎた。
「おい、イージーは、どこ行ったんだ」家に帰った叔父さんが、帽子をフックに掛けた。
丁度その時、イージーはビルの屋上から身を投げた。
駆け付ける人々。
「愛してる?」掠れた声で取り囲んだ人に聞く。
雪が血に染まる。
「イージー。私の可愛い、イージー・・」
救急車のサイレンが聞こえた。
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