湊音 第四話

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僕と倫典は放課後の軽音部を休んで二人で帰った。 「あと残り一週間こんな感じで過ごさなきゃいけないのかな」 「かもね……」 「悔しい、悔しい。やっぱり僕ってさぁなんだかんだで貧乏くじ引くんだよ……」 倫典は上の兄貴が出来るから家族から疎まれている。確かにちょっとお調子者だけど僕からしたらいい奴なのにな。 僕は家に帰ってすぐ自分の部屋に入った。あぁ、情けない。あっという間の一週間だったなぁ。美帆子先生に出会ってまさか週末にはクラスメイトにフルボッコ。なんだかなぁ。 「湊音」 父さんがノックして入ってきた。珍しく早く帰ってきたな。……まさか。 「お前、教育実習生の女子大生に手を出したってな」 ほらやっぱり。学年主任や教頭とはツーツーってのは知ってたけど。 「手は出してねぇって」 「失恋もまぁいい経験だぞ」 「だから失恋じゃ……」 やべぇ、そこまで伝わってるのか。 「大丈夫、先生たちには恋の一つや二つで騒がないでって。教頭も別に怒ってるわけじゃなかったし。メールで報告してくれた」 「るせぇ」 メールで伝える事項かよ。 「青春だねぇ。いや別にこれ伝えに早く帰ってきたわけじゃないからな。早帰りだ。上のものから早く帰るってやらないと誰も帰ろうとしないから。週末だからさぁ」 教頭とは飲みに行くとかも言ってたからしばらくやつらの酒のつまみにもなるのか。くそ。 青春……なんかこれ聞くのは初めてじゃない。 一年のときに倫典と会って二人で意気投合して高校デビューだなんだかんだ言って金髪にしてさ、すぐ大島に怒られて両親呼び出しされてあの父さんがめっちゃ頭下げてもうしわけないことしたっけなぁ……。父さん母さんたちは家帰って怒りもせずに青春だねぇってのんきに言ってたけどさ。 二年になって恋したらこんな目にあって青春どころじゃねぇな。 ふとベッドサイドにあった美帆子先生のメモ。こんなところに置いてあって無防備だ。それにもうこれは必要ない……でも……。 少し目をつぶる。この一週間での出来事を。彼女に出会って初めて女性を好きになって、美帆子先生が大島と関係を持っていたことを知った時や鼻血出したときとか先生の授業とか掃除の時間のときの様子とか軽音部の演奏を見てくれたこととかメモを渡された時の事とか、休み時間にしゃべった時とかお昼一緒に食べたときとか……今日の事……一緒に手をつないで屋上のところまで行って抱きしめられた時の事……。 思い返したら気づけば一時間過ぎていた。ベッドから起き上がった。こうしてはいられない。気持ちがおさまらない。やっぱり美帆子先生が好きだ。 僕はメモ用紙を持って部屋の外に出た。父さんはリビングのソファーで寝ている。だらしない。でもこんな夕方に帰ってくるのは珍しい。そのまま寝させておこう。 そしてリビングにある電話の子機を持って部屋に戻って美帆子先生の電話番号にかけてみた。たった一回だ。このコールで出なかったらもう電話しない。 そうだ。でなかったらこのメモを捨てる。僕は決心した。6時……まだ学校かな。焦るな、焦るな。あと一時間後にかけようか。今から父さんが起きるのは8時くらい、8時までは起こさないようにしよう。 9時には母さんが帰ってくるから8時までに電話をする。この一時間がすごく長く感じるが……。 明日は土曜だし大島と一緒にいるのだろうか。頭の中がごちゃごちゃだ。その間に父さんが起きたり母さんが帰ってきてしまったらもう今日は電話をかけるチャンスがない。 ……って気づけば7時になっていた。電話番号を間違えないようにゆっくりゆっくり押す。 そして受話器を耳に当てた。 『……はい』 美帆子先生だっ!!
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