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私は緊張しながらも広見さんとは斜め向かい、目の前には奥さんが。
とても気の強そうな方で目力のある人。
「元気そうね。ホッとしたわ」
まさかそんな言葉をかけられるとは。私はなんと返せば……。
「ご両親亡くなられて引き取り手がいないと主人から聞いてました」
「……」
「一度は我が家で、とも考えてのですけどね。流石に年頃の息子もいてどうかと思ったの」
それは初めて聞いたことだ。広見さんを見ると軽く頷いた。
「それに遠い親戚の方がアパートの契約してくださったと聞いたから。そのあとは少しは主人から話は聞いてましたが数年前にぱったり、心配していたのよ」
「ありがとうございます……」
「今は何を?」
「……〇〇高校で教師をしています」
広見さんも奥様もオオーだというリアクション。一応名門の高校であるけどもすぐちがうところに転勤する。
「それは立派なことね。大変だったわね」
……奥様はなぜそんなにも私に気を使えるの。あなたの夫と私は……。
「今もだけどあの頃は仕事が忙しく家庭をおざなりにしていたから……夫がいろいろ迷惑をおかけしました」
なぜあなたは私に頭を下げるの?
「志津子……」
広見さんも湊音くんも困惑している。
「今は湊音……とお付き合いしているの?」
「……は、はい」
と言うしかなかった。
「昨晩も……」
「すいません!」
「頭を下げなくていいのよ。もう湊音も18歳なんだから」
この人の余裕さ、なんか狂気を感じる。真綿で首を絞められているかのような……。
母さんは怒りを押し殺している。僕にはわかった。
美帆子もそれに圧倒されてしまっている。
父さんに関しては論外だ。目を泳がせている。
僕はふと美帆子の手を握った。するも彼女は僕をみた。
「ミナくん、改めて合格おめでとう。メールでは言ったけどちゃんと言えてなかったわ」
そう言えば……。
「ミナくんも先生になりたいって言ってたし美帆子さんみたいに先生になった先輩がそばにいるだけでも全然違うわね」
「うん……たまにメールや電話でもアドバイスもらってた」
「ええ、電話してる声よく聞こえてたわ、美帆子さん美帆子さんって……」
……恥ずかしい。
「いろんなことを教えてくれてありがとうね、美帆子さん……でもね」
……なんか嫌な予感しかない。美帆子さんが僕の手を握り返した。
「余計なことまで教えようとはしないでちょうだい、今が大事な時なんだから」
母さんの顔……キッチンドランカーだった頃の顔と同じだ。
「そうそう、広見さんがねあなたの部屋2LDK決めてたみたいだけど1LDKに変えたわよ。その女と一緒に暮らそうと思ってるの?」
「……志津子」
「あなたは黙ってて」
父さんは項垂れた。
「あんな家賃の高いところ、もしその女がまたどっかで男見つけて出て行ってしまったらどうミナくん家賃払うわけ? それにミナくんは四年間は勉強してなさい! 余計な誘惑はは必要よ……女はあなたを壊す、人生を壊す……」
「志津子……落ち着け!」
母さんが立ち上がった。周りの客も見てる、僕らを。
「あなたの息子だから……学生時代に私以外に他の女にも手をつけてっ! 私の人生も他の女の子たちも人生狂った。あなたも公立の高校受からなくて私立の高校になったんでしょ! バイトもしたら他の女の誘惑がっ!」
「志津子!!!」
「離してぇ!!!!」
美帆子は母さんの豹変ぶりに慄いてか固まってる。
「広見さんに懲りずにミナくんまでっ! 誘惑しやがって……この女はっ!! これ以上不幸を振りまかないでちょうだいっ!!!」
母さんが美帆子さんに掴みかかろうとしたから僕は手を払った。
「ミナくん……」
「母さん、ごめん。父さんも僕も母さんが仕事で僕ら家族をおざなりにしたからとても寂しかった。だから僕らは美帆子さんに」
「いやぁあああああああ!!!」
「志津子!」
「広見さん、離して! あなたがっ学生の時に私からあの女に乗り換えたから!」
「志津子!」
……あの女……。
「あの女もあんたの女癖が悪くて自殺したんでしょ! ミナくんの前で!」
……。
僕はその一言でとある情景がよぎった。
まだ小さい頃だった。母さん、僕を産んだ本当のお母さんがベランダから落ちた。
僕の目の前で。僕はベランダから見た。母さんが落ちて頭から血を流してる……でもまだ動いてる。
……。
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