11人が本棚に入れています
本棚に追加
湊音 第二話
朝、汚れた下着を洗う。母さんには自分で洗えと言われた。
有名女性ファッション誌の編集長で今は名古屋の分社に移転してまた編集長をしてる。家事もこなすし仕事もしっかりとこなす。
料理もうまいし自分の身なりもしっかりしてる。本当に素晴らしい人だ。
でも口調は強くサバサバしている。
こんな母さんだから頑固な父さんでさえも頭が下がる。僕も、だ。
「おはよう」
「あっ、は、はよ、おはよ」
いきなり後ろから父さんがやってきて僕は洗面所に下着をぐちゃっと丸めてしまった。しかも今は下半身すっぽんぽんで尻を向けてる状態だ。
「お、汚したか。朝から元気だな」
「るせぇ」
「ちゃんと睡眠できて健康な証拠だ」
「うぜぇ」
「さっきからお前は3文字で答えてるな。良いぞ、朝から頭を働かせて」
「……」
僕はパンツをぎゅーって絞って洗濯機に投げ捨て新しいブリーフを履いた。
好きで3文字で答えているわけでない。鬱陶しい、それしかない。
父さんはもと高校教師でこの地域の教育委員会の幹部でもある。この地域での褒め教育を推奨させた立役者でもあるらしいが褒めてばかりでうざい。
怒ったところなんてあまりみたことがない。
でも怒ると怖い。本当怖い。普段は温厚な人だ。
なんとなくそれが気持ち悪くて僕は父さんが嫌いだ。
「また欲しい本あったらいいなさい。本は読めば読むほど自分の武器になる……」
話の途中だが僕は部屋に戻った。台所からは音がするし良い匂いもする。朝から母さんが準備してるのだろう。できたら呼ばれるだろうからそれまでに制服に着替えて登校準備をする。
父さんのことはずっと嫌いだったわけじゃないけど、完全に嫌いなわけじゃないけど……むしろ好きだったけど。
こんな感情を持つようになったのかよくわからない。
「ミナくん、できたわよー!」
母さんは僕をミナくんて言う。嫌じゃないけど……。僕は慌てて着替えて一冊読みかけてた本を持って食卓に行くと朝ごはんはしっかり用意されていた。
朝から和食、それを貫いている母さん。スーツの上にそれが汚れないように割烹着を着て味噌汁を僕の前に出し僕はご飯を自分でよそう。
父さんも気付けば着替えてネクタイ締めながらやってくる。もちろん父さんもご飯を自分でよそう。
そして座るタイミングで母さんが父さんの前に味噌汁を置く。
「はいはーい食べましよー」
と母さんは座って朝のニュースを見ながらご飯を食べ、僕は持ってきた本を読みながら食べ、父さんは新聞を読みながら食べ。
いつも3人朝食はそろう。
「そーいえば、あんたの学校に教育実習生来たって?」
ふいの母さんの投げかけに僕はご飯を詰まらせた。
「慌てて食べるな、お茶飲め」
父さんに言われなくてももうしてる。なぜ母さん知って……ああ、そうか部下の子供も同じ高校の一年がいるとか聞いた。
「来たよ」
「なんか女子大生ばかりらしいじゃないー」
「ん、まぁ……男は三年の方に多いらしいよ」
「あんたのところは」
「女だよ」
するとすかさず
「女の人、または女性……」
父さんがそう言うが無視して母さんと話を続ける。
「若い女性の先生ってあんたの学校じゃ珍しいから緊張したでしょ」
それを言うと美帆子先生や三葉先生を思い浮かべてしまう。
「広見さん、やっぱり女子も多めのクラス選択すればよかったかしらぁ。ミナくんただでさえ同性の友達も少ないし、社会性身につけるなら今のうちから女性とも対等に話せるように……」
「いや、若いうちから色恋沙汰はやめとけ。まず勉強だな。湊音は頭がいい。友達もそのうちできるし、異性の方もそのうち。でも今はできるだけ恋愛はセーブがいい」
「あなたはセーブできなかったくせに」
「……それは僕の教訓から来てるわけであって」
父さんと母さんはしばし討論しあう。僕はそれを無視して本の中に入る。
父さんは学生結婚だった。僕ができたから。
父さんは僕よりも背が高いしスタイルも良く頭もいいし僕よりも気がきくし人馴染みもいい。
母さん曰く昔からモテまくりで中学の時から恋人がいたらしい。
「さあさあ食べたら食洗機に入れといてね!」
あっという間に朝食を食べ終わる2人をよそに僕はあと数ページ読んでから、それを決めて読みながら食べ終えることにした。
「そういえば夕方カウンセリングよね。広見さん、ミナくん迎えに行ける?」
「ああ。湊音、校門で待ってなさい」
「うん」
「あ、2文字」
まだ3文字ゲーム続いてたのかよ。うざ。
歯磨き、身支度して先に母さんが出て行き、父さんも出て行き、最後は僕。
バスで15分だからゆっくりでいい。静かになった家の中で僕は和室に行き仏壇に手を合わせる。
「母さん、行ってくるね」
仏壇は本当の僕の生みの母親のだ。
僕が小さい時に目の前で死んだ……母さん……。
最初のコメントを投稿しよう!