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「とんだ災難だったな」
僕はあれから離婚届を書き、部屋を出た。もういたくなかった。広いマンションに住む倫典のところに泣きつき泊めてもらうことにした。他の日に美帆子といない間に荷物を取りに行って倫典の空き部屋に仕舞い込んだばかりだった。
新年度になったら僕の勤めてる高校の教員寮に入ろうとしたが親に帰ってくるように言われた。
でもしばらくは一緒に住めない、ということと父さんと美帆子のことを話したら父さんは土下座して泣いた。
僕だって泣きたいし、謝るべきは僕じゃなくて美帆子であって。だから少し時間を空けてから実家に帰ると言った。
「15から30近くまで美帆子さんに時間を奪われてしまったもんだな」
「……奪われたって。もとは父さんのせいなんだけど」
「美帆子さんは相当許せなかった……そりゃ他人の僕が聞いても許せない。本人だけでなくて息子にまで……それほど美帆子さんの傷は深かったんだろうな」
「情けないよ、自分の父親のことで」
酒を渡されたが僕は拒否した。
「酒嫌いか」
「飲みたくない」
「……子供どうするんだよ」
「認知はする。今度弁護士さんも交えて話をする」
「良い弁護士紹介するよ」
「……安くしてくれよ」
「親友が困っているのなら助けましょう」
と肩を叩かれて僕は泣いた。
大学の時、居酒屋のバイトの仲間と並んでばかりで倫典とは同じ学校だったのにたまにしか顔合わせなかったのに。
なんでこうも親切にしてくれるのだろうか。
「一番湊音は僕のことをフラットに付き合ってくれたから僕は大事にしたい人なんだよ」
「悪いな、本当に」
「いろいろあるさ、人生」
そういえば……倫典は浮いた話を聞かない。こんな広いマンション……部屋もいくつかある。
「お前、結婚とか考えていないのか?」
「湊音の話聞いてたらますます怖くなっちゃったなぁ。今は彼女いないけど遊ぶのはほどほどにいたけどなかなか結婚まではなぁー」
「……すまん」
「いやいや、忘れられない人がいてさ」
「まさか……」
倫典は笑った。まさかだが引きずってるのか?
「三葉先生が今でも忘れられないんだ。他の子と付き合っても三葉先生に変わるものはない」
なんてしみじみとした顔をしているが何回かかわるがわる女の子とデートしていたのを見かけたことがあるのだが……。
「僕もなんだかんだで三葉先生に青春奪われてしまったようなもんだ。彼女のことで頭がいっぱいで彼女以外とは考えられないさ」
「ようわからんな」
「湊音だってむかしはそうだったろ? 美帆子さんのことで頭がいっぱいで……結果はこんなことになってしまったけど……」
「……」
わけわからん。
あんなに好きだった女の人と一緒にいてこんな目に遭うだなんて。僕のこの10数年なんだったんだろう……。
「すっかり老けこんだな、湊音」
ふと姿見を見ると疲れ切った僕の顔。教師としての仕事も必死にこなし、剣道も習い目まぐるしかった。
でもその中に美帆子はいたけどちゃんと分かり合えていなかった。
なぜ分かり合えなかったのだろう。
分かり合えたらもっと今の姿は違ったのかもしれない。
しかしそれに気づくのは遅かった。
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