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湊音 第三話
美帆子先生の授業は古典であった。彼女は国語希望か。三葉先生は英語。留学も経験していたのかとても流暢で同級生たちも彼女の色気にうっとりしていたが美帆子先生の授業となると国語、さらになおかつ古典という現代文学でないためすごく穏やかでゆったりと美帆子先生の流れるような声色でうとうとする奴らが多い。
三葉先生のときは積極的に前のめりで授業を受けていたのに。倫典も。かといって国語は好きだし得意だけども美帆子先生、申し訳ないが眠い。
それに進行の仕方もいくら実習生だから大目に見たとしても上手くない。好きだけど贔屓に出来ない。
ちょっと不安げになる彼女の顔。教室の隅にいる大島も……おい、指導者なのに今大きなあくびしたぞ。
「すいません、ちょっと……」
美帆子先生? さっきまでうとうとしてた同級生たちも美帆子先生の突然の退場にざわついた。
大島が彼女を追う。
「どした、体調悪いのかなぁ」
情けない眠気眼の倫典。眠気から解放され大島もいないことからざわつきは大きくなった。
美帆子先生……僕は後を追った。
だがどこにもいない。どこまで走ってしまったのだろう。すると学年主任が
「おい。お前二年生の槻山だろ」
「はい……」
「どうして教室から出て行った」
このままだとどこかにいってしまう。そして大島が彼女を……。事情を話そうとしたがうまく言葉が出ない。
すると後ろから倫典も走ってきた。なんでお前も。
「実習生の美帆子先生が……どこか行ってしまいまして。大島先生が彼女を追いかけたんです」
端的にまとめてくれてありがとう。学年主任の先生は驚いていた。
「本当か。でも大島先生が追いかけたから大丈夫だろう。教育実習は大変だからなぁ。普段の授業とはちがう実践的なものだ。お前たちもからかったり態度が酷かったりしてないか」
「からかってはいませんが少しみんな反応が悪いというか退屈してたっていうか」
正直に言うと倫典が横でオイと小突いたが事実である。クラス全体の雰囲気が美帆子先生を追い詰めたのだ。
「心配してくれたんだな、さすが槻山教育長の息子さんだ。優しい人でね、あの方は。さぁ教室戻りなさい。先生も教室いくからこの時間は自習にしましょう」
僕らはうなづいて戻った。父さんのことを知ってるから助かったのか。父さんは教育委員会のお偉いさんだからって大目に見てくれているのだろうか。あぁ。そんなことするなよ。
倫典も肩をたたいてくれた。それよりも美帆子先生はどこに行っちゃったんだろう。大島に何かされていないだろうか。
そもそも二人は付き合っているのだろうか。付き合っていたら僕がどうなにをしても美帆子先生は僕に振り向いてくれない。
結局自習と言ってたのに学年主任がどうしてこうなったのか学級委員や生徒たちに問いただし、それを踏まえて態度の悪さや教育実習生だからもう少し大目に見ろとか長々と説教することでその時間は終わってしまった。
実際彼女が戻ってきたのはお昼過ぎて掃除の時間だった。みんなの前に大島と表れて
「ごめんなさい、みなさん」
と頭を下げるがみんなは学年主任に説教されたこともあり全員で学級委員が先導してみんなで頭を下げた。
美帆子先生の目は赤くはれていた。沢山泣いて崩れたメイクはし直したのだろう。でもきれいにカールしているまつ毛は美しい。
くっきりとした二重、桜色の頬、明るい唇……しっかり見ると本当に素敵である。
そしてどこか亡くなった母に似ている、そんなことも思った。
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