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字田崎博士はドアを開けて、訪問者を招き入れた。いつの間にか雨が降り始めていたようで、濡れそぼった衣服が擦れる音がする。
デビルは相手を見上げて、少し驚いた。それは、相手の雰囲気がどうもこれまで見てきた売腑者とはかなり違ったものだからだ。
年は、先ほど字田崎博士が言っていたように16、7の少年だった。だが、彼はよくいるタイプの、やるべきことをこなせず社会からドロップアウトし、流れ着くまま裏社会の末端の末端でゴキブリのように生きている薬物中毒者や鉄砲玉、あるいはギャングなんかとは全く違っていた。
虚な目をしているが、確かな明るさがそこには灯っている。細身の傷だらけの体に、薄汚れた学生服。だが、その中で人の目を引く、真っ白な髪。これでは誰もが、彼を己の手中に収めたいと思うだろう。
だが、デビルはその目を見てある確信を得た。
彼は、自分と同類ではないが限りなく近いところにいる。何か大きな悲しみを背負っていて、それにどう対処すればいいのかわからない。泥に足を掬われて這いつくばりながらも、確かに生きようとしている。そう言った雰囲気だ。
「まあ、そこに座れ……寒かっただろう、ストーブにでもあたりな」
字田崎は丁寧に提供者を招き入れようとしたが少年は手を突き出して断りの意を示した。あくまで、適当にやろうとしているだけだ。
「二つあるもの全部を一つずつ抜いて欲しい。いくらになる?」
「……目と肺、腎臓にあとは若いから睾丸もだな。そうだな、100万円てところだ」
「十分だ、やってくれ」
「おいおい、ちょっと待てや」
裏社会にどっぷりと浸かり、金以外を信じない字田崎でも多少の躊躇はあるようだ。一応年長者として、字田崎は手を振った。あくまで、提供者の意思という形にしようとするのはよくやっているが今度は違うようだ。
「おまえな。生まれつき付いてたものを外すってのはそう気楽なことじゃないんだぞ。なんていうかこう……おまえはここに来るような人間ではない気がするんだよ。例えば、その目を見ればわかる。電子ドラッグの依存症患者みたいに、後天性斜視や白内障の傾向が見られない。注射痕もないし、かと言って手の甲に刺青をしていないってことはこの辺のギャングメンバーでもないわけだ。なぜ金がいる?逃亡資金のためと電話では聞いたが……いくらなんでも、人生を捨てるには早すぎるだろう。臓器を抜けばそれだけ、体に負担も出る。金さえ貯められりゃ簡単に新しいものが手に入ると思っているのかもしれないが、そういうものじゃないんだぞ」
「……」
「おん?」
「人を……」
少年の目が、一瞬だけ、ほんの一瞬だが狼のものに変わった。デビルはそれを見逃さなかった。少年は一瞬デビルを見ると、そっぽを向いて話を続けた。
「人を、殺した」
「何人?」
「一人」
「なんだ、くだらない……逃げることもないだろう……そこのリル・デビルなんか1日に何人殺しているかわからないくらい、大勢を殺してるんだぞ。今の世の中じゃ、人の命なんてゴミと変わらないんだ。だが、おまえはどうも勝手が違う……死ぬこたぁねえ。クズを一人殺したくらいで……」
そこまでいうと、少年は間合いをつめて字田崎の首を身長の割に大きな手のひらで握りしめた。字田崎は突然の攻撃に驚くが、少年は博士を締め上げながら言葉を続けた。
「そういう問題じゃないんだ。これはオレの問題なんだよ」
「は、な、せ!」
「……オレは……もう……」
すかさず、デビルが瞬発から、少年のみぞおちに膝蹴りを入れた。少年は体勢を崩して、博士を離した。デビルは止めることなく、小柄な体を宙に浮かせながら胴回し回転蹴りを放ち、スニーカー履きのかかとの一撃を顔面に叩き込んだ。少年は尻餅をつき、その場に落ち込んだ。
「なんかぐちゃぐちゃ言ってるけど……うちの協力会社になんかしようってんなら、あたしは仕事をこなすだけだよ。みかじめをもらってるしね」
「……」
少年は変わらず、生きることに対してやる気のない目でデビルを見上げた。デビルは濡れそぼった学生シャツの胸板に足を乗せ、体重をかけた。
「自殺したいんなら一人で勝手にしなよ。人を巻き込むんじゃない、ダサいよ」
「……」
「そういうつもりじゃないんだろ」
デビルは自分でもどうしてこんなことをしているのかわからなかった。いつもならとっくに、銃で撃ち抜くなり尖ったものを刺すなり硬いもので殴りつけるなりで、この程度の相手を簡単に殺しているはずだ。字田崎博士がむせながら、散弾銃を手に取ろうとしていたがそれは睨みつけてやめさせた。デビルの鋭い眼光は、小柄な体ながら蛇を連想させるほどの威圧感があった。
「…………簡単な決断じゃなかったんだろうな、目をみりゃわかるさ」
「……」
「ああ、気持ち悪い。あたしと似たようなこと考えてんだろ?わかるよ……あたしゃろくなこともできない低脳だけど、こういうことだけはわかるんだよな……あんたは、人を殺したが故に生き続けなきゃならないと思ってるんだろ」
「そう、いうことになるかな」
「当ててみようか」
「……」
「あんたが男だから、って前置きにはなるが……そうだな、誰か女の肉親……かと言って兄弟を手にかけたそれじゃない。あんたは、自分の母親を殺したんだろ?」
「……!」
「図星、か。まあそうだろうなとは思った。何があったか知らないけど、近い存在を殺めりゃ大概、あんたみたいになるよ」
そしてデビルは、すかさず少年の顔面をもう一度蹴り飛ばした。
「くだらない!」
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