37人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ太陽が高い位置にあるというのに、女の周りだけ妙に暗くて、透明に思えた。しかし和泉は臆することなく、庭の塀に手を掛ける。
「あの、どちらかの生命保険に加入されていますか? 最近発売された貯蓄型の保険が」
鞄から冊子を取り出そうとする和泉の耳に、女の囁き声がぼんやりと入ってくる。しかし、内容は聞き取れない。そこでプツリと記憶が途切れ、次に見えたのは、鏡の前でワンピースを合わせる和泉の姿だった。
女の正体が気になりつつも、金井は瞼を開き、ゆっくりと手を離す。
「穴場を狙う戦略だったと思いますが、移動距離を考えると、郊外へ行くより住宅地を端から回る方が効率がいい」
「それはわかってるんですけど‥‥市街地へ行ったとき、お客さまからしつこいと怒鳴られたことがあって、足が遠のいてしまったんです。でも金井さんが言うなら頑張ってみようかな」
鼓動が早くなりそうになり、和泉は念入りにセットした前髪をいじって、気持ちを落ち着かせる。すると、甘い空気を断ち切るようにタイマーが鳴った。鑑定時間を終える合図だ。無機質な電子音を止め、金井は和泉に向き直る。
「あなたはエネルギーに溢れる素敵な女性ですから、そのうち和泉さんの魅力に惹かれて、契約する人が現れるはずです。応援してますよ」
頬を赤らめる和泉から視線を逸らし、腕時計を見ると、次の予約時間が差し迫っている。立ち上がる金井を引き止めるように、和泉が口を開いた。
「金井さん。あの、よければ今度、私と舞踏会へ行きませんか?」
「舞踏会?」
異性を舞踏会に誘うなんて、いつの時代の人間だろう。金井はレジカウンターに腰掛けながら、真剣な表情の和泉を見上げる。
「現代で舞踏会をやる場所があるなんて、僕には信じられませんね。仮装パーティーか何かですか?」
最初のコメントを投稿しよう!