乙女と夜会

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乙女と夜会

「あのー、すみません。すこやか生命の和泉絢(いずみあや)と申しますが、少しだけお時間よろしいでしょうか」  透き通るような皮膚をした彼女の手を伝って、そんな声が流れ込んでくる。金井玻璃(かないはり)は瞼を閉じて、握った手に意識を注いだ。  開け放した窓から風が吹き込み、金井の柔らかな錫色の髪が揺れる。彼は自身の経営する鑑定所———伽鳳堂(かほうどう)の円卓に座っていた。店内には魔除けの天然石や、スピリチュアル関連の本がひしめき合い、香の匂いが漂っている。彼の背後には『霊視料金。30分5000円』の貼り紙があった。  霊視と言ってもさまざまな種類があるが、金井が生業とするのは、霊と交信するようなありふれたものではなく、肌に直接触れただけで、相手の記憶を断片的に感知出来るという、異能力を使ったものだった。  金井に奇妙な力があると最初に気づいたのは、祖母の亨枝(ゆきえ)だった。金井がまだ小学生のときだ。伽鳳堂の創業者であった亨枝が、店に連れて行くうちに、手相占いに興味を持ったらしい。戯れに、右手を差し出してみたら、それを握った金井が、昨晩見た夢の内容を言い当てたのである。このとき亨枝は、金井の右腕が動かない理由はこの力によるものだと悟った。  助産師が金井を取り上げたときには、左腕が赤黒い痣で覆われており、まったく動かない有り様で、その上母親が命を落とすまでの難産だったので、平凡な人生を歩めないことは察しがついたのである。  そして、力を授かる代償に、腕を奪われた金井は、二十五を過ぎてからも一般的な仕事に就くことが出来ず、祖母の遺した伽鳳堂で鑑定業を営んでいた。    ただ、異能力については話さないようにしている。記憶を通して知り得たことを、たとえ店の宣伝になろうと、みだりに口外しないということは、自分を守る上で必要なことであり、同時に、私生活を覗かれていると知れば、嫌な思いをするだろうという金井の個人的な気持ちもあった。
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